第2話『霹靂の晴天』
▲作者より愛をこめて
僕の中の僕でないものが湧き上がり
押さえきれない力が外へと…外へと向かって
激しい感情があふれ出る
感じたことのない感覚…
いかり、とめどない血の流れ…
自分が変わってしまったことへの怯え
少しの悔恨
そして、胸いっぱいの嫌悪感
振り返って見た鏡の中にいる僕は僕なのに
僕は変わってしまった
もう戻れない…
純然だった僕へは
(1)
寒い、と思ったら雪か?ほこりみたいに小さな粒が一瞬光っていたような気がした。
「今、雪見えんかった?一瞬チラッと光っとったけど」
アルが立ち止まって言った。
言葉につられて立ち止まって空中に目をこらすと二つ三つ、今度はあきらかに光って見えた。四月なのに雪かよ。
「寒〜!俺、これ一枚しか着てへんねんで!どないしてくれんねん」
「そんなのお前の勝手だろ。服装が極端なんだよ」
アルは俺の引く荷車の周りをぐるぐる駆け足で回り始めた。新しい遊びか?
「止まるな、はよ歩け!寒いやんか!今日は、あったかい思とったのに。なぁ、お前の上着貸せ!」
「イヤだ」
「上着がイヤやったら下着でもエエから脱いでよこせ!脱ぎたてホカホカの下着くれ。かわいい俺、凍死さすんか」
別にかわいいとは思わない。こりゃまた凍死とは大げさだけど、ないとも言えない寒さだ。
「寒けりゃ何もついてくるこたぁないだろ。帰れ」
俺は再び歩き出した。
「あ〜、それ言うたらおしまいやん。せっかく手伝ったろ思とんのに、ひどいわ」
と言うが、俺の引く荷車を手伝って押そうとしているそぶりはこれっぽちもない。
荷車はけっこう大きい。大人ひとりが大の字に寝転べるくらいだ。
他の国から来た旅人がこの街で買った物を今日泊まる宿まで届ける用事だ。
届け元の中央広場の市場から、宿屋街にある届け先まではそんなに遠くはない。宿屋街に入ってすぐに目的の宿が見えてきた。
分かりやすいもんで、目的地はこの街で一番大きな宿屋だ。それは南北の大通りに面していて便利がイイ。
宿屋に着いて玄関の真ん前に荷車を停めたその時、何かがぶつかってきた衝撃があった。
「わぁ!」
アルが叫んだ。ぶつかられたのが俺自身ならまだしも、ソレは勢いよく荷車にぶつかったもんだから横倒しになって荷物という荷物がぶちまけられた。
しかも運悪くその荷物の飛び出した先にいたアルが来襲をモロに喰らったみたいだ。
「いたたたたたたッ!挟まれた!」
悲鳴を上げているアルなんてどうだってイイが、ぶつかってきたヤツを許せなかった。背中を向けて走り去ろうとするヤツの襟首をつかんでひっ捕まえた。
「待て!てめぇ、このまま逃げる気かよ!」
「ゴメン!ゴメンよ〜!逃がしてくれよ!オレ、超ものすげ〜めちゃくちゃ急いでるんだヨ!」
捕まえたのは俺とあまり背も変わらない男のヤツだった。手を合わせて必死に頼み込んできた。
モジャモジャの茶色い毛で、目が大きくて顔のつくりがくっきりと派手で暑苦しい。
悪そうなヤツには見えないけど、これだけハデにぶちまけられちゃ逃がすわけにはいかない。
「急いでるんだか何だか知らないけど、いきなり飛び出して来やがったのはどっちだ!せめて、元通りにしていけよな」
「じゃあ、あとでするから、今は逃がしてくれヨ」
ウソくさいな。
と、そいつはいきなり俺を押しのけて、横倒しになってる荷台を完全に逆さまにひっくり返し、同時にその下へと入り込んだ。
何なんだ?もしかして、何かから逃げてやがんのか。
「ボン!どこだ!くそ!逃げ足の速い奴め」
立派なヒゲを生やしたオッサンが目的の宿屋の玄関から飛び出してきて、辺りを見回して舌打ちをした。怖い表情だな。
なるほど。隠れてるコイツがボンなんだろう。この怖そうなオッサンから逃げてきやがったんだな。
「え〜、そこの少年。今、君くらいの男の子がウチから飛び出していかなかったかね?」
「ああ、そいつならあっちへ走って行ったけど」
俺が路の南を指差すと、オッサンは礼を言って南へ走っていった。
オッサンが見えなくなったのを確認して俺は荷車を起こした。
「もう行ったぞ」
そいつはそこに丸虫のように丸まっていて、呼びかけに顔だけを上げた。その姿があまりにも不格好で笑いが込み上げた。
「ありがとう!おかげで助かったよ。ウチのお父さん、ものすごくうるさいんだヨ。仕事手伝えってサ」
「お前がサボったりするからだろ」
「だってさ、オレ、宿屋の仕事なんて継ぎたくないんだもん。家業の押しつけはオレの才能の芽を摘むことになるしサ」
「才能でも何でもイイから、片づけてくれ」
「ゴメンよ、散らかして。ところでキミは、どこ行こうとしてたんだ?」
「お前んとこの宿だよ」
俺がそう言うとボンは、ちょっと考えてからうなずいた。
俺とボンとで荷物を路の端へ整頓して置いてゆく。
「はよ誰か俺の足の上の物どけてほしいんですけど〜。挟まれとんねんけど…」
「あ、ゴメンな、弟くん。ケガはないか?」
ボンはアルの足の上にあった荷物をのけて救出した。そして、いたわる。
「すりむいたわ」
アルはブツブツ言って、かがみ込んでヒザのケガしたとこをなめている。大げさだな。
「弟くん、かわいそうに」
「あ、そいつ、俺の弟じゃないからな」
ひとりで箱を積みながら背中でボンに言った。アルと兄弟呼ばわりされても嬉しかない。
「そうなのか?でも、似てるゾ。二人とも真っ黒な髪で、目がキツイとこなんかが」
それはよく言われることだ…っつか、それしか共通点はないだろ。俺は似てないと思ってるんだけどな。性格なんてまるで正反対だし。
「キミ、名前は何ていうんだ?オレの名前はボン=サンス。ボンと呼んでくれよ」
俺は自分の名前を告げて、ついでにアルの分も教えた。
「そうか〜。オレ、十三だけど、キミはいくつ?同じくらい?」
「一つ下だ」
「それで、家はどこなんだ?また訪ねて行くよ。ってか、行きたいナ」
「訪ねてくれなくたってイイ。結構だ。断る」
「そんな冷たいこと言わずにサ。お願いだよ〜」
ボンは大きな目で真っ直ぐに見つめてきた。
「ねぇ〜」
さらに見つめてくる。…何となく頼み事を聞いてしまいたくなる力を持ったヤツだな…ねだり上手というか、あつかましいというか…。
「ね、ね。頼むよ〜。ねぇったら」
「分かったから見つめるな!気持ちの悪いヤローだな。中区画西の大通り商店街の外れの口利き屋だ。そこらの店で聞きゃ分かる」
街は碁盤の目のように路が走っている。広場が中心にあって、だいたい北、中、南のほぼ等分の区画に分かれてる。
北区画は一番北に王城、その南の一帯が貴族や金持ちの住む屋敷街。中区画は宿屋街、商業街と職人街が混ざっている。
「中区画なら、わりとウチから近いよね。それに、キミんとこから職人街も近いだろう?」
「職人街に知り合いでもいるのか?」
「ん…まあ、別にいないサ。いないよ。あ、そうそう、キミん家は口利き屋なのか!」
ボンは何かをごまかしたみたいに話題を変えた。気になる。でも、まあイイか。
「じっちゃんがやってるんだよ。近所にはそれで通ってるから」
話している内に荷物がやっと片づいた。
「分かったよ。また訪ねるから…っととと!!」
ボンがうしろで素っ頓狂な声を上げた。
俺が振り返ったころには、ボンは路を北へ走っていったあとだった。そのうしろをボンの父さんが猛烈な勢いで追いかけていた。
何となく落ち着かないヤツだな。 ⇒
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