クェトル&エアリアル『翡翠の悲歌』#2

(2)

 一団の乾いた風が木々を騒がせながら吹き抜けて行った。透き通った青空のもと、風に揺れる新しい緑は生命の輝きに満ちあふれている。


 ヴァーバルを立って一週間が経った。ヴァーバルの東隣の国レジナを東西に貫く街道を歩み続けてきた。その向こうに隣接するエスクローズとの国境はもうすぐだろう。

 今日は晴れているが、日陰では肌寒い。

「なぁ〜、まだなんか〜?いつになったら着くん。いい加減、疲れたわ〜」とアル。

「イイじゃないか、道のりが長いほど旅を長く楽しめるから。景色を見ながら気長にゆこうじゃないか」とジェンス。

 結局、二人と一緒だ。アルは踊り子から例の物を受け取った本人だからともかく、このバカ王子まで、何でついてくるんだ?

「王子が城を何日も空けてイイのか」

「大丈夫だよ。ちゃんと城のほうに細工をしてきたから」

 俺が皮肉まじりに問うと、皮肉に気づいているのかいないのかジェンスはニッコリと微笑み返してきた。

 城の人間が王子を心配しようがしまいが俺の知ったことじゃあないが、内情が気になるのも人情だろう。

「城のほうにどういう細工をしてきた」

「もう。そんなに知りたいのかい?君は僕のことを心配してくれているのかな。ひょっとして僕のことが好きなのかい?」
 ジェンスは歩きながら見返り、キザな仕草で白いサラサラとした長髪をかき上げながら言った。
 うっとうしい髪だ。いつも切ってやりたくて仕方がない。

 目が合うと同時に、目を細めてその女顔をにらみつけてやった。すると、ジェンスは肩をすくめてクスリと笑い、俺の横へ並んだ。俺の顔を横から覗き込んで満面の笑みを浮かべている。

「イヤだなぁ。そんな怖い顔してちゃあ、せっかくの端整な顔が台なしだよ。もっと君は自分の価値を分かったほうがイイよ」
 そう言いながら口角を上げる。…意味ありげで不気味だ。

「顔も姿も非の打ちどころがないのに、中身に問題があるから女性が近づかないんだよ。もっと軟らかくなっちゃどうだい?」

「大きなお世話だ」
 俺は露骨に嫌な顔をして見せ、視線を逸らした。
 お前みたいに軟弱で、極端に軟派なのも逆に考え物だろ。

 容姿のことは言われたくない。見た目の善し悪しなんて、死んで骨になってしまゃあ皆同じなんだから、どうだってイイことだ。

 それに、別に誰も近づいてほしいとは思わない。人に寄って来られちゃ、わずらわしい。


 それにしても、男でも女でも好きだという、このバカ王子の無節操ぶりが気に食わない。その多情でイイ加減なところが好きになれない。

 …で、気がつきゃ結局は話をはぐらかされているし、雲みたいにつかみどころのない奴だ。

「ジェンスの言うとおりやん。お前の性格、どないかならんの?」
 アルが振り返ってニタニタ顔で口を挟む。

 コイツはコイツで自分のことを棚に上げやがって。お前にだけは言われたくない。


 そうこう言っている内に、国境となる山の登山口に設けられた関所らしき物が見えてきた。屋台のように小さな関所小屋の前で複数の旅人がたむろしている。

 何かで足留めを食わされているようだ。うるさそうな役人が旅人を並べたり整理しているのが見える。この辺りの越境は難しくないはずなのだが、検問なんてしている。何かあったのだろうか。

「何してんねやろ」

「検問だろ」

「ケンモン?何やねん、ソレ。楽しいん?」

「人や物の出入りを調べてんだ」
 俺が答えると、アルは「ふーん」と言って思案顔になった。

 誰だって検問なんて嬉しくないだろ。第一、役人なんてもんは面倒で嫌いだ。でも、問いただされるようなネタは何もないはずだから、難癖をつけられないようにさえ気をつけていりゃイイんだ。


 アルの横で黙って話を聞いていたジェンスが旅人の群れに近づいていった。

「あ、ちょっと失礼します。お尋ねいたします。いったい何があったのです?」
 ジェンスは最後尾にいた旅人のオヤジに話しかけた。

 オヤジはジェンスの顔を見て一瞬、驚きの色を示した。無精髭がムサ苦しくて下卑た雰囲気のオヤジだな。

「何って、人捜しだよ。何でも、帝国からエスクローズの姫君がお逃げになったそうだ」

「エスクローズの?翡翠の国ですよね?」

「そう。その翡翠の紋の彫り物が背中にある娘っコを捜しているそうだ」

「そうなのですか、分かりました。ありがとうございました」
 ジェンスは場にふさわしくないくらい恭しげに頭を下げた。

「ちょっと、お姉さん、すごい上品な美人だねぇ。アンタもどこかのお姫サマじゃないのか?」
 そう言ってオヤジは去ろうとしたジェンスの手首をつかみ、好色そうな表情でジェンスの顔を覗き込んだ。息のかかるような距離だが、対すジェンスはイヤな顔ひとつせずにニッコリと微笑みを返した。

 まあ、このオヤジの言うことは半分以上アタリだが。

「そうですかねぇ。僕、お姫様みたいに美人ですか?」

「あ!アンタは男か!」
 オヤジは驚いてジェンスの手を離し、列の中へと逃げ込んでいった。

 無理もない。いまいちジェンスは性別が判らないからな。背は高いが、彫像のように整った顔と柔らかな物腰のせいで女にみられることもしばしばだ。別に言動がカマっぽいわけでもないのだが。


「さあ、行こうよ」
 ジェンスがニコニコしながら俺とアルの手を引いた。

「ちょー、タンマ!ここ以外に別の道とかないん?」
 アルはジェンスの手を振りほどき、しかめっ面で言った。また変なワガママを言い出しやがったな。

「馬鹿。遠回り過ぎる」

「遠回りでもエエやんか。俺、ここ無理やから!」

 順番が近くなり、役人に小屋の前へ整列させられた。列には二十人ほどの旅人がいる。

「なぁ〜、マジ違う道、行こ。俺、役人とかマジ嫌いやし。役人キライ病、かなり入っとんねん」
 そう言って俺の腕を強く引っ張る。役人キライ病なんてあるか。

「無理だ。この調子じゃあ、どこへ行っても役人がうろついてるだろ」

「マジ?せやったら、俺、帰るわ…」
 アルは背中を丸め、検問所に背を向けて退散しようとする。こらこら、本当に帰るなよ。

「次はお前らだ」
 役人が三人、ツカツカと俺たちの前まで歩み寄ってきていた。そして、一人がアルの腕を強引につかんだ。と、同時にアルは役人をにらみつけた。

「触らんとってください!俺、皮膚の病気で、しかも超強力な伝染病やから近づいたら伝染りますよ!」

 この馬鹿は突然に何を言い出すんだ?

 アルが目を三角にして咬みつきそうな勢いで言うと、その剣幕と内容に役人たちは一瞬ひるんで一斉にあとずさった。アルに触れた奴に至っては自分の手を見ながらイヤそうに顔をしかめている。

「ま、まあ、もう良い!早く行け!」
 役人は野良犬でも追い払うように俺たち三人をあしらった。何だか分からないが難なく通れるみたいだ。

 しかし、伝染病だと言う人間を簡単に通してしまってイイのだろうか?無責任だな。疫病の蔓延を防ぐのも関所の仕事じゃないのか。


 当の本人のアルはスネた顔をしてブツブツ言っている。

「なぜ、あんなことを言ったんだ」

「だって、イヤやもん。俺にもプライドっちゅうのがあるわ」
 アルは鼻息も荒く言った。それにしても、ものすごい嫌がりようだったな。プライドというよか病的じゃないか。

「まあイイじゃないか。誰にでもイヤなことはあるのだからね」
 ジェンスは俺にニッコリと微笑んだ。

 いまいち釈然としないが、追究し続けることでもない…と、ジェンスのニコニコ顔を見て思った。 


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