《12.赤き洞窟》
一つ赤き洞窟くのしんに
洞窟に入っていた。どこもかしこも赤銅色だ。
天然の洞穴らしく、いびつな天井も壁も地面も染み出る水気でぬめり、それがランプの灯りで光っている。
ぐずりと足元が軟らかい泥へめり込み、深い足跡を残す。歩きにくい。
「これが赤い洞窟〜?言うほど赤ないやん。ただの赤土程度やんか。ガッカリしたわ。もっと、こう、血ぃみたいに真っ赤なんかと思とったわ」
「だよナ〜。あー、新しい靴が泥だらけだヨ」
「なぁ、『くのしんに』って何のことやろ?クノシンっていう地名かなぁ?それか人名?」
「そうだねぇ…今までの流れだと、おそらく『九の芯に』や『九の四ん二』じゃあないのかな」
ジェンスが例の本を片手に言った。
しばらくぬかるみの一本道を歩いていると、突き当たりにいきなり人工的な扉が現れた。
「あれっ?扉?いきなり何やねん??」
扉を開けると、目の前には村らしき物が広がっていた。わりあい広い。空であるべき部分が篝火に照らし出された薄暗い洞窟の天井でなければ、どこにでもある普通の村に見える。
「…ここは…?」
ボンがひとりごとのように言うと、そばにいた村民が反応した。
「ここはクノシンの村ですよ、勇者様がた」
「…クノシンの、村…?」
ボンとアルは顔を見合わせた。
「はい。クノシンの村です。クノシンの」
村民は念を押して言った。ジェンスは、毎度のことを尋ねた。
「それでしたら、三日のちに行われる祭りで村長様に鍵をいただけますよ」
それを聞いて、みな喜んだ。
が…「ただし、村一番の男に祭りで勝てたら勇者の証に鍵を授けていただけるのですよ」と言った。案の定、ただし付きだった。
「なぁ、疑問に思うねんけどな」
アルが布団から顔を出して誰にともなく言った。
「疑問って何だい?」
アルの隣の寝台でジェンスが応えた。
「あのね、俺らが千人目の挑戦者やとか何とか言うてたけどね、みんなゴールできてるんかな?」
「どういう意味なんだい?」
「いや、あのね、今回でも村一番の男と戦うんでしょ?挑戦者の、みんながみんな勝てるわけないやん。ってゆーことは、鍵が手に入らんいうことやん。じゃあ、ゴールできんし、帰られへんやんか」
アルにしちゃ、なかなかマトモな意見だ。
「さあ?どうしているんだろうねぇ」
ジェンスが、まったくのヒトゴトのように言った。明日は我が身かも知れぬというのに。
「…もしかして、強制的に、この島の住人にさせられるとか…!?」
ありうる…。
「それよっかサ、静かにして、早く寝かせてくれよ〜。てか、狭いし暑いヨ」
それは言える。なぜならば、寝台が二つしかないところへ二人ずつ寝ているからだ。
俺の左横でジェンスが、ボンの右横でアルが、一番端と端同士で大声でしゃべるもんだから、間の俺たちはうるさくて眠れない。
しかも、ジェンスの奴は香水くさい。甘ったるいにおいが移りそうで不快だ。
「せやけどなー、俺らには強〜い味方がおるから安心やなぁ。相手が怪物級の拳闘士でも熊でも化け物でも、ぜったい勝ってくれるわ」
「だよナ〜。さあ、イイ夢見て寝よっと!明日もイイ日になるヨ」
二人の発言に嫌な予感がするが、気にしないことにする。
目を覚ますと、外が騒がしい。それとも、外が騒がしくて目が覚めたのか。
「さあ、起きや、主役!今日は活躍、めっちゃ期待してるで」
「?何がだ?」
「もうッ、決まっとるやん。水臭い奴やなぁ〜。ぜったい勝ってや!そやないと帰られへんやん」
アルは寝ている俺の胸辺りを布団の上から叩きながら言った。
起きがけから、とんでもないことを突きつけられた…予想はしていたが。
三人に無理やり用意をさせられ、祭りの行われている村の中心部まで強制連行された。
「さあ、怪物級の相手でも、せいぜいお気張りやす。貧乏クジは、お前が引くって、生まれた時から決まっとんねやから」
「ぜったいに勝ってくれヨ!オレらの未来がキミにかかってんだ」
「お前らは俺を何だと思ってんだ」
「何って……便利屋?」
二人は声をそろえて言った。…そりゃそうだが…。
なんだかんだ言っている内に、祭りの会場の中心、広い舞台のような所へ駆り出された。
三人は観客席で見ているだけだ。こいつら、恨んでやるからな。
「こちらが遠路はるばる異国からいらした勇者様です!」
着飾った司会らしき若い女が告げると、村民から拍手が起こる。くだんの三人も客席で一緒になって、やんやと手を叩いてやがる。お前らとは今日かぎりで縁を切ってやる。
「対すお相手は〜、この国一番の男です!」
何だと?村一番じゃなかったのか?
対戦相手が現れた。上半身ハダカの、身長も二メートルを余裕で超える筋肉隆々の大男だ。体重なんて俺の二、三倍はあるだろ。
身体に見合った大きさの、武器用の大斧を肩にかついでいる。…あのなぁ、冗談じゃないぞ。
「それでは、開始!」
かけ声に大男は不敵に笑う。
もう、どうだってイイ。こうなりゃヤケクソだ。なるようになれ!
俺は護身刀を静かに抜いた。
「ノンノンノーン!ストーっプ!ダメダメ!」
司会の女が腕を交差させてペケを作りながら俺を制止してきた。
「私の説明不足でした!勝負は、じゃんけんでお願いします」
一瞬、意味が解らなかった。
理解した瞬間、別の意味でハラワタが煮え返ったのは言うまでもない。 ⇒
戻る
一つ赤き洞窟くのしんに
洞窟に入っていた。どこもかしこも赤銅色だ。
天然の洞穴らしく、いびつな天井も壁も地面も染み出る水気でぬめり、それがランプの灯りで光っている。
ぐずりと足元が軟らかい泥へめり込み、深い足跡を残す。歩きにくい。
「これが赤い洞窟〜?言うほど赤ないやん。ただの赤土程度やんか。ガッカリしたわ。もっと、こう、血ぃみたいに真っ赤なんかと思とったわ」
「だよナ〜。あー、新しい靴が泥だらけだヨ」
「なぁ、『くのしんに』って何のことやろ?クノシンっていう地名かなぁ?それか人名?」
「そうだねぇ…今までの流れだと、おそらく『九の芯に』や『九の四ん二』じゃあないのかな」
ジェンスが例の本を片手に言った。
しばらくぬかるみの一本道を歩いていると、突き当たりにいきなり人工的な扉が現れた。
「あれっ?扉?いきなり何やねん??」
扉を開けると、目の前には村らしき物が広がっていた。わりあい広い。空であるべき部分が篝火に照らし出された薄暗い洞窟の天井でなければ、どこにでもある普通の村に見える。
「…ここは…?」
ボンがひとりごとのように言うと、そばにいた村民が反応した。
「ここはクノシンの村ですよ、勇者様がた」
「…クノシンの、村…?」
ボンとアルは顔を見合わせた。
「はい。クノシンの村です。クノシンの」
村民は念を押して言った。ジェンスは、毎度のことを尋ねた。
「それでしたら、三日のちに行われる祭りで村長様に鍵をいただけますよ」
それを聞いて、みな喜んだ。
が…「ただし、村一番の男に祭りで勝てたら勇者の証に鍵を授けていただけるのですよ」と言った。案の定、ただし付きだった。
「なぁ、疑問に思うねんけどな」
アルが布団から顔を出して誰にともなく言った。
「疑問って何だい?」
アルの隣の寝台でジェンスが応えた。
「あのね、俺らが千人目の挑戦者やとか何とか言うてたけどね、みんなゴールできてるんかな?」
「どういう意味なんだい?」
「いや、あのね、今回でも村一番の男と戦うんでしょ?挑戦者の、みんながみんな勝てるわけないやん。ってゆーことは、鍵が手に入らんいうことやん。じゃあ、ゴールできんし、帰られへんやんか」
アルにしちゃ、なかなかマトモな意見だ。
「さあ?どうしているんだろうねぇ」
ジェンスが、まったくのヒトゴトのように言った。明日は我が身かも知れぬというのに。
「…もしかして、強制的に、この島の住人にさせられるとか…!?」
ありうる…。
「それよっかサ、静かにして、早く寝かせてくれよ〜。てか、狭いし暑いヨ」
それは言える。なぜならば、寝台が二つしかないところへ二人ずつ寝ているからだ。
俺の左横でジェンスが、ボンの右横でアルが、一番端と端同士で大声でしゃべるもんだから、間の俺たちはうるさくて眠れない。
しかも、ジェンスの奴は香水くさい。甘ったるいにおいが移りそうで不快だ。
「せやけどなー、俺らには強〜い味方がおるから安心やなぁ。相手が怪物級の拳闘士でも熊でも化け物でも、ぜったい勝ってくれるわ」
「だよナ〜。さあ、イイ夢見て寝よっと!明日もイイ日になるヨ」
二人の発言に嫌な予感がするが、気にしないことにする。
目を覚ますと、外が騒がしい。それとも、外が騒がしくて目が覚めたのか。
「さあ、起きや、主役!今日は活躍、めっちゃ期待してるで」
「?何がだ?」
「もうッ、決まっとるやん。水臭い奴やなぁ〜。ぜったい勝ってや!そやないと帰られへんやん」
アルは寝ている俺の胸辺りを布団の上から叩きながら言った。
起きがけから、とんでもないことを突きつけられた…予想はしていたが。
三人に無理やり用意をさせられ、祭りの行われている村の中心部まで強制連行された。
「さあ、怪物級の相手でも、せいぜいお気張りやす。貧乏クジは、お前が引くって、生まれた時から決まっとんねやから」
「ぜったいに勝ってくれヨ!オレらの未来がキミにかかってんだ」
「お前らは俺を何だと思ってんだ」
「何って……便利屋?」
二人は声をそろえて言った。…そりゃそうだが…。
なんだかんだ言っている内に、祭りの会場の中心、広い舞台のような所へ駆り出された。
三人は観客席で見ているだけだ。こいつら、恨んでやるからな。
「こちらが遠路はるばる異国からいらした勇者様です!」
着飾った司会らしき若い女が告げると、村民から拍手が起こる。くだんの三人も客席で一緒になって、やんやと手を叩いてやがる。お前らとは今日かぎりで縁を切ってやる。
「対すお相手は〜、この国一番の男です!」
何だと?村一番じゃなかったのか?
対戦相手が現れた。上半身ハダカの、身長も二メートルを余裕で超える筋肉隆々の大男だ。体重なんて俺の二、三倍はあるだろ。
身体に見合った大きさの、武器用の大斧を肩にかついでいる。…あのなぁ、冗談じゃないぞ。
「それでは、開始!」
かけ声に大男は不敵に笑う。
もう、どうだってイイ。こうなりゃヤケクソだ。なるようになれ!
俺は護身刀を静かに抜いた。
「ノンノンノーン!ストーっプ!ダメダメ!」
司会の女が腕を交差させてペケを作りながら俺を制止してきた。
「私の説明不足でした!勝負は、じゃんけんでお願いします」
一瞬、意味が解らなかった。
理解した瞬間、別の意味でハラワタが煮え返ったのは言うまでもない。 ⇒
戻る