《3.そして…地下へ》
ボンとジェンスの説得で結局は行くことになり、それぞれがランプを片手に地下へと続く階段を降りる。舗装された床が音を反響させる。
階段を降りきると先へと続く一本道が目の前に現れた。もちろん、先は何がいても分からないほど真っ暗闇だ。
通路は人ひとり分くらいの幅しかない。しかも、旅の荷物もぜんぶ身につけているし、よけいに狭苦しい。何かが前方にいた場合、これだけの人数がいりゃ、回れ右で退却したくても後続が邪魔でままならない。
…しかも迷惑なことに、こういう時は特に頼りにされているようで、いつも俺が先頭を切らされる。言い出した奴らが前をゆきゃイイだろうが。こいつら、俺を殺す気か?
佩いたままの護身刀の柄に利き手を添えて慎重に進む。
さっきから気になっているのだが、綿でもかぶったかのように壁が白い物で薄くおおわれているような気がする。それは、進んでゆくにつれて増しているように見える。
天井からも吊り下がったそれは、髪や顔にまでまとわりついて気持ちが悪い。
「何やコレ〜。ふわふわやけど、何かネバネバしてきしょいなぁ」
手近な綿状の物を指で触る。綿ぼこりとは手触りが違い、たしかにネバつく。
しかも、壁だけでなく床もだ。いつの間にやら靴にも白くまとわりついて、まるで繭のようになっている。
道なりに進み、感覚では五十メートルも歩いたころ、遠くに明かりが見えてきた。人為的に灯りがともされているようだ。
そこは広間になっていた。しかし、遠くのほうは白く霞がかかったようになっている。ちょうど、レースのカーテンを幾重にも垂らしている感じだ。
廊下を抜けて広間へ入ると……俺は気を失いかけた。いや、むしろ、気を失いたい光景が広がっていた。そして、白い綿の正体が知りたくないのに判ってしまった。
「うわ〜!何やアレ?!」
アルは飛びのいて俺のうしろへ隠れた。こういう場合だけは俺を盾にしないでくれ!
「巨大蜘蛛だーっ!」
ボンが叫んだ。と同時に、重い金属でも引きずるような音がしたかと思えば、元来た道へと続く出入り口を鉄格子がふさいでいた。
「閉じ込められた?!」
ボンは鉄格子に手をかけて激しく揺さぶって脱出を試みた。しかし、ガッチリとはまっていてビクともしないようだ。その鉄格子にも白い物がからみついている。
よく見ると、広間の右手は最初から全面が鉄格子になっていた。広い檻の中に俺たち四人と巨大八つ足がいる形だ。
そして、全面鉄格子の向こうには…酒場のような部屋があり、数人が酒を飲みながら檻の中を観ている。
目をこらして酒場ふうの場所を見る。…その中の一番手前の席には、ペットの征圧を依頼してきた女がいた。杯を片手に、真っ赤に塗られた口端を上げるのが薄灯りの中でも見て取れた。
「さあ、わたくしのペットをおとなしくさせてくださいまし。もっとも、あなたたちのほうが先におとなしくなってしまうかしらん。殺しちゃってもよろしくてよ?おできになるのならね」
その声を合図にするかのようにカサカサと八つ足の動く気配が…と、同時に何かが勢いよく飛んできた。それが頭や身体にまとわりつく。
糸だ。八つ足の放つ糸が頭や肩にからまる。手で払ってもベタつくそれは払いきれない。払えないどころか、粘糸がからまっている部分が強張る。
「こないだ、蜘蛛いじめたから祟りやで、きっと!なぁ、クェトル、何とかしてぇな!」
「こういう時はキミだけが頼りだヨ!」
「みんな食べられてまうで!………って、この人、固まっとるし!」
蛇ににらまれたカエルというのか、情けないことに俺は固まったまま動けずにいた。
人生というものを十六年と数カ月ほど歩んできたが、これほど現実逃避をしたいと願ったことはない。気を失えるのならば早く失ってしまいたい。あとのことは俺の知ったことじゃあない。
嫌でも視界に入るソレは高さが人間ほどもある。見たくもないのにチラチラと視界に入るのは、暗がりでも見える硬そうな短い毛の生えた長い足だ。
その間から虚ろな暗緑色の目が三つ、こちらを向いていた。しかも、目が合ってしまったじゃないか…!とっ、鳥肌がっ!
卒倒しそうで、それでも正気を保っている自分の気丈さをこの時ばかりは恨んだ。もろく切れる繊細な神経を持ってりゃ良かった。どうしてこんなに俺は図太いんだ!
「ボンは蜘蛛の気を引いてくれないかい」
ジェンスは、そう言いながら弓と矢を取り出した。
ボンは大きくうなずいて自分の剣を抜いた。そして、むちゃくちゃにそれを振り回しながら向こう側へ走って行った。
もちろん、八つ足は奇っ怪な動きを繰り広げる人間のほうに気を取られているようだ。ボンには悪いが、とりあえず助かった…。
ジェンスは矢を右手に持ち、弓へとつがえた。あとは見たくないので俺は目を逸らす。
キリキリと弓のたわむ音がし、やがて矢が空を切る音…その先は想像したくもない。
何度か矢を射っている小気味よい音が聞こえた。あんなにノンキなジェンスの意外な一面を見たような気がした。…なんて、感心している場合じゃあない。
「ダメだぁ。頑丈すぎるよ〜」
状況と不釣り合いなジェンスの間延びした声が聞こえてきた。
八つ足に矢が突き刺さっているのが不覚にも視界に入ってしまった。矢が突き刺さってはいるが、平然としている。それどころか、興味の矛先をボンではなく、こちらへ変えたようだ。
入口の格子が開かないことは分かっているし、こうなりゃ一時しのぎにしかならなくても奥へ逃げるしかない。
互いに目線を送り合い、機を見て俺たち三人はボンのいるほうへと駆け出した。
しかし、ボンの前へ行き着くか着かないかの所で、突然、足元がグラリとしたかと思やぁ、口を開けた闇に放り込まれていた。 ⇒
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ボンとジェンスの説得で結局は行くことになり、それぞれがランプを片手に地下へと続く階段を降りる。舗装された床が音を反響させる。
階段を降りきると先へと続く一本道が目の前に現れた。もちろん、先は何がいても分からないほど真っ暗闇だ。
通路は人ひとり分くらいの幅しかない。しかも、旅の荷物もぜんぶ身につけているし、よけいに狭苦しい。何かが前方にいた場合、これだけの人数がいりゃ、回れ右で退却したくても後続が邪魔でままならない。
…しかも迷惑なことに、こういう時は特に頼りにされているようで、いつも俺が先頭を切らされる。言い出した奴らが前をゆきゃイイだろうが。こいつら、俺を殺す気か?
佩いたままの護身刀の柄に利き手を添えて慎重に進む。
さっきから気になっているのだが、綿でもかぶったかのように壁が白い物で薄くおおわれているような気がする。それは、進んでゆくにつれて増しているように見える。
天井からも吊り下がったそれは、髪や顔にまでまとわりついて気持ちが悪い。
「何やコレ〜。ふわふわやけど、何かネバネバしてきしょいなぁ」
手近な綿状の物を指で触る。綿ぼこりとは手触りが違い、たしかにネバつく。
しかも、壁だけでなく床もだ。いつの間にやら靴にも白くまとわりついて、まるで繭のようになっている。
道なりに進み、感覚では五十メートルも歩いたころ、遠くに明かりが見えてきた。人為的に灯りがともされているようだ。
そこは広間になっていた。しかし、遠くのほうは白く霞がかかったようになっている。ちょうど、レースのカーテンを幾重にも垂らしている感じだ。
廊下を抜けて広間へ入ると……俺は気を失いかけた。いや、むしろ、気を失いたい光景が広がっていた。そして、白い綿の正体が知りたくないのに判ってしまった。
「うわ〜!何やアレ?!」
アルは飛びのいて俺のうしろへ隠れた。こういう場合だけは俺を盾にしないでくれ!
「巨大蜘蛛だーっ!」
ボンが叫んだ。と同時に、重い金属でも引きずるような音がしたかと思えば、元来た道へと続く出入り口を鉄格子がふさいでいた。
「閉じ込められた?!」
ボンは鉄格子に手をかけて激しく揺さぶって脱出を試みた。しかし、ガッチリとはまっていてビクともしないようだ。その鉄格子にも白い物がからみついている。
よく見ると、広間の右手は最初から全面が鉄格子になっていた。広い檻の中に俺たち四人と巨大八つ足がいる形だ。
そして、全面鉄格子の向こうには…酒場のような部屋があり、数人が酒を飲みながら檻の中を観ている。
目をこらして酒場ふうの場所を見る。…その中の一番手前の席には、ペットの征圧を依頼してきた女がいた。杯を片手に、真っ赤に塗られた口端を上げるのが薄灯りの中でも見て取れた。
「さあ、わたくしのペットをおとなしくさせてくださいまし。もっとも、あなたたちのほうが先におとなしくなってしまうかしらん。殺しちゃってもよろしくてよ?おできになるのならね」
その声を合図にするかのようにカサカサと八つ足の動く気配が…と、同時に何かが勢いよく飛んできた。それが頭や身体にまとわりつく。
糸だ。八つ足の放つ糸が頭や肩にからまる。手で払ってもベタつくそれは払いきれない。払えないどころか、粘糸がからまっている部分が強張る。
「こないだ、蜘蛛いじめたから祟りやで、きっと!なぁ、クェトル、何とかしてぇな!」
「こういう時はキミだけが頼りだヨ!」
「みんな食べられてまうで!………って、この人、固まっとるし!」
蛇ににらまれたカエルというのか、情けないことに俺は固まったまま動けずにいた。
人生というものを十六年と数カ月ほど歩んできたが、これほど現実逃避をしたいと願ったことはない。気を失えるのならば早く失ってしまいたい。あとのことは俺の知ったことじゃあない。
嫌でも視界に入るソレは高さが人間ほどもある。見たくもないのにチラチラと視界に入るのは、暗がりでも見える硬そうな短い毛の生えた長い足だ。
その間から虚ろな暗緑色の目が三つ、こちらを向いていた。しかも、目が合ってしまったじゃないか…!とっ、鳥肌がっ!
卒倒しそうで、それでも正気を保っている自分の気丈さをこの時ばかりは恨んだ。もろく切れる繊細な神経を持ってりゃ良かった。どうしてこんなに俺は図太いんだ!
「ボンは蜘蛛の気を引いてくれないかい」
ジェンスは、そう言いながら弓と矢を取り出した。
ボンは大きくうなずいて自分の剣を抜いた。そして、むちゃくちゃにそれを振り回しながら向こう側へ走って行った。
もちろん、八つ足は奇っ怪な動きを繰り広げる人間のほうに気を取られているようだ。ボンには悪いが、とりあえず助かった…。
ジェンスは矢を右手に持ち、弓へとつがえた。あとは見たくないので俺は目を逸らす。
キリキリと弓のたわむ音がし、やがて矢が空を切る音…その先は想像したくもない。
何度か矢を射っている小気味よい音が聞こえた。あんなにノンキなジェンスの意外な一面を見たような気がした。…なんて、感心している場合じゃあない。
「ダメだぁ。頑丈すぎるよ〜」
状況と不釣り合いなジェンスの間延びした声が聞こえてきた。
八つ足に矢が突き刺さっているのが不覚にも視界に入ってしまった。矢が突き刺さってはいるが、平然としている。それどころか、興味の矛先をボンではなく、こちらへ変えたようだ。
入口の格子が開かないことは分かっているし、こうなりゃ一時しのぎにしかならなくても奥へ逃げるしかない。
互いに目線を送り合い、機を見て俺たち三人はボンのいるほうへと駆け出した。
しかし、ボンの前へ行き着くか着かないかの所で、突然、足元がグラリとしたかと思やぁ、口を開けた闇に放り込まれていた。 ⇒
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