クェトル&エアリアル『八つの秘宝』#5

《5.寝耳に水》


 扉の向こうには、やっと長い路の終わりがあった。しかも、そこはいきなり生活空間になっていた。

 爺さんが一人、ろうそくの灯りの中にいた。土間を上がってすぐの板間に座って縄をなっているらしい。

「やぁ、婆サマ、おかえり。その子らはお客さんかね」

「あいよ、爺サマ」
 婆さんは俺たちのことを簡単に説明しながら火を起こした。

「そうかい。お客人は久しぶりじゃのぅ。ビショビショのままなのも何だし、まあ、こっちさ来て火に当たって座れ。なーんもないがの」
 爺さんは薄暗がりの中、にーっと笑った。歯は抜け落ちているらしく半分くらいしかない。目つきもあやしく、かなり不気味だ。

 婆さんはスッと席を外した。

 俺たちは勧められるままに爺さんの近くの火のそばへ座った。今の季節、衣服などを乾かす目的以外には、あまり火に当たりたいとは思えない。

 皆が床に座る中、いつまでもジェンスだけが突っ立ったままでいた。

「お爺様、申し訳ございませんが、何か腰かける物をお貸し願います」
 ジェンスが言った。プライドなのか何だか知らないが、コイツは絶対、床や地面に直接は座らない。

 爺さんは辺りを見回す。

「うーん、椅子なんて気の利いた物はないのう。…これでどうじゃ?」
 そう言って爺さんは、そばにあった手頃なカゴを裏返してジェンスに渡した。

「あのな、今から重要なことを言うぞぃ」
 爺さんは俺たちの顔を順に見て深刻な声色で言った。場に軽い緊張が走る。

「さっき、あんたらがハマった水は、ワシらの便所なんじゃよ」

「げーっ!」
 ボンとアルは心の底から嫌そうに顔をしかめている。

「なーんていうのはウソじゃよ。ほっほっ」
 タチの悪い冗談だな…本気で戦慄したぞ。

「さてと。冗談はさておき、まずはこの島のことを話しておくがの。ここはな、キノコ形の島なんじゃよ。知っとるかね?」

「うわ〜!やっぱ、あの島か!」
と、ボン。

「そうや!あの…ぷぷッ」
と、アル。案の定、思い出し笑いをしてやがる。

「元々は普通の高地だったのが長い年月、波風に削られて奇妙な形になったんじゃ。言ってみればネズミ返しのような形をしてるんじゃよ。舟でも上陸できんぞぃ」
 爺さんは聞かれもしないのに自慢げに島を語った。おそらく自慢なのだろう。

 どうやら婆さんに案内されて歩いたあの長い地下道は海の下を通っていたらしい。上が海の水だったと考えりゃゾッとする。

 まさか、あの島につれて来られるとは思いもしなかった。だけど今、くだんの島にいると思やぁ、運命というものの数奇なことに感じ入る。

「あちら側の城から路に迷って来たのですが、どこから帰ればイイのです?」
 ジェンスがカゴに座ったまま爺さんに問う。一段高い所からで少し失礼な構図だ。

 そこへ婆さんが戻ってきた。

「爺サマ、これ。閉めてきましたよ」

 「よし」と言って爺さんは、婆さんの手渡した物をにぎって立ち上がった。赤いリボンのついた金色の大きな鍵のようだ。くすみもなく、純粋な黄金色に輝いている。

 爺さんは部屋の隅を流れている水路へ鍵を投げ落とした。流れは速く、鍵はすぐに見えなくなった。部屋の中を水路が走っているとは変わっているな。

「何したんですか?」

「なーに、この国の規則に従ってもらうためじゃ」
 爺さんはホッホと笑った。規則って何なんだ??とてつもなく嫌な予感がするのだが…。

「ワシらの国の規則ではな、この国に伝わる『伝説の冒険物語』を全うせんことには島から帰らせんというわけじゃよ。ここへ来た客人みんなにやってもらっておる」

「何だって??」

「ワシらは、この島、この国の門番夫婦じゃ。あんたらの来た路に婆サマが鍵をかけてきたんじゃ。その鍵を水の中に捨ててやったわぃ」
 爺さんは、さもおかしそうに笑う。

 ボンとアルは顔を見合わせてうなずき合った。それから爺さんの家を飛び出し、俺たちが元来た路へと二人で駆け出していったようだ。爺さんは、それを目で追ってニンマリとしている。

 とんでもない話だ。ただでさえ無理やりつれてこられた上に変な理由で帰れないなんて。冗談じゃない。やり残してきた仕事は山ほどあるし、第一、じっちゃんが心配するだろ。

「国王様の御触れなんじゃよ。あんたらは宝の地図の紙っぺらに誘われて対岸の蜘蛛の城へ来たんじゃろ?」
 城の名前を聞き、あの生き物を思い出して寒気がした。

「あの城が、この島への入口なんじゃ。ワシらのバラまいた宝の地図が世界中で出番を待っとるわぃ。あんたらみたいに欲深な奴らが、面白いように引っかかってウチへ来るわ」
 そう言いながら爺さんは古い本と幅が二十センチくらいある長い布を数本まとめて渡してきた。本の表紙には『八つの秘宝』と書いてある。それらをジェンスが受け取った。

「これは何ですか?」
 ジェンスは布を爺さんに示す。

「おお。説明を忘れとった。それはタスキじゃよ。この島にいる間は常に着けておいてくれ」
 見ると、『歓迎すべし!勇者様御一行』とド派手にデカデカと書かれている。これを身に着けるのは恥以外の何物でもない。

「さて、今度はこっちじゃ。記念に名前と歳と出身地を書くのじゃよ」
 爺さんの取り出してきた帳簿とペンをジェンスが受け取る。

「あんたらが、ちょうど千人目の挑戦者じゃな。ここ三年くらい挑戦者が来なくて淋しく思ってたところじゃ」
 爺さんはフッフッフッと笑う。


 そこへボンとアルが息を切らせながら戻ってきた。

「さっきのでっかい扉に鍵がかかってたヨ!ヒドいことするなぁ!」
 ボンとアルは肩で息をしながら爺さんに突っかかる。

「ワシらに突っかかっとっても始まらんぞ。まずは王様のいらっしゃる宮殿を目指すのじゃ」

 全員分の記帳を終えたジェンスは、爺さんに渡された本を眉ひとつ動かさずに涼しい顔をして読んでいる。地図の載っているページを開いているようだ。

「王様は、ここの宮殿ですね?」

「そうじゃよ」
 冷静、というか、動じもせずにジェンスが言うと、爺さんはニタニタを強めた。

 俺たち四人は、どこかしら図太い人間ばかりだが、中でもジェンスはズバ抜けて図太い。
 …というか、空気は読まないし読めない。



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