《9.迷いの森》
一つ迷いの森おさのきに
少し小高い丘へ着いた。そこから見下ろせる所は、見渡すかぎり黒く茂る木々に満たされている。かなり広範囲に渡って森が広がっているようだ。
歩いてゆく内に、まばらだった木々がしだいに密集し、森になってゆくのが分かる。いつの間にか迷いの森とやらに足を踏み入れていたようだ。
なぜか磁石もムダにグルグルと回り続け、まごつくばかりでまったく意味を成さない。もはや、方位があやふやだ。それが、この森を『迷いの森』と呼ぶ所以なのだろう。
「次、ここらでエエ?」
「うん。見えやすい所にね」
ジェンスが返事をするとアルは布きれを枝に結びつけた。ボンは歩きながら白い布を細長く裂いている。
こんな場所では目印をつけておくしか帰り道を確保する方法がない。だが、効果はあるのだろうか。
「でも、大丈夫なんかいな。帰りには、目印、なくなっとったらどないするん」
「はは、誰が取るって言うのサ」
「鳥とか〜?人間かも知れんし」
「ハハハ、こんなとこに人間なんているかよ。いたほうが怖いヨ」
「おるかも知れんやん。それとかな、せっかく目印つけた木ィが歩いていって、場所変わっとったらどないするん」
「木が歩くわけないじゃんか」
「いや、分からんで〜。木ィも進化しとるからなぁ」
アルがニタニタしながら言うと、ボンは軽く笑い飛ばした。つくづく馬鹿な会話だと思う。
「なぁなぁ、くだものの種食べてしもて、おなかから木ィ出てきた人の話、知っとる?」
アルが背伸びをして布を結びながら、誰にともなく言った。
「マジで、種食ったらハラから芽が出んのか?ヤベ〜。オレ、スイカとか、だいぶ種食ってるゾ」
ボンが心配そうに答えた。
「あ〜…もう残念やけど、ご愁傷様ですわな。もう夏やし、今にスイカ畑になるから楽しみにしとくわ。俺が収穫したるから安心し。ぎょうさんできたら売って、おカネにしたるから」
「売上の八割は畑の持ち主のオレのだかんな!」
「フツー、畑がおカネ要求せんでしょ。畑が請求してきたら農場の人が困るやんか。ってゆーか、俺のまったくの作り話やから本気にせんとき」
アルは意地悪くヒヒヒと笑った。
「そんなことよかサ、『おさのきに』って何だと思う?オレは『長の木』だと思うんだ」
「フッフッフッ、甘い甘い甘い」
アルは、チッチッチッと言って立てた人差し指を横に振った。
「『おさのき』は、『オッサンの木ィ』に決まっとるやん。オッサン所有の木ィやで、たぶん」
「はん!こじつけもイイとこだナ。オレは意見を曲げないからナ」
「あ〜、別にイイですとも〜。それぞれの好き好きやし〜」
そういう問題だろうか?
大森林の平均的な木々の何倍もの高さを持つ大木の頭が見えてきた。アルの馬鹿な推理は度外視するとして、暗号の意味を普通に考えりゃ『長の木』だろう。それは森一番の大きな古木だと思われる。
しかし、それが見えてからが遠かった。帰りのために木に結んでいた布も途中で尽きた。途切れてしまっては道しるべの意味がない。
ようやく大木の根本へ着いた。その横には木造の小屋が建っていた。ちょうど中年の男が、その大木にからまるツタを鎌で切っているところだった。
「ちょっとお尋ねいたします」
「ああ、新しい勇者様。お久しぶりです、はじめまして」
ジェンスが話しかけると、男は変な挨拶をした。勇者とやらが来るのは久しぶりだということだろう。おそらく馬鹿正直に着けている、この恥ずかしいタスキで勇者一行と認知されたらしい。
「八つの秘宝の一つである水晶の鍵が、どこにあるのかご存知ですか?」
「ええ、はい。この、私の木の穴にありますよ」
そっけない態度で男は大木を示したかと思やぁ、今度は、いとおしむように幹を撫でて頬ずりを始めた。
「うわぁ…マジでオッサンの木ィやん」
アルがボソッとつぶやいた。あり得ないようなヒドいこじつけだな。暗号を作った奴のツラを見てやりたい。
「この木のウロに鍵があるにはあるんですが、実は大魔王の手先が住んでいまして。それが退かないことには鍵が取り出せんのです」
「大魔王の手先、ですか?」
「はい。それはもう、うじゃうじゃと」
「うじゃうじゃ…?」
うじゃうじゃという表現が少し気になったが、とりあえず問題の穴、ウロを探す。
「うっひゃ〜〜ッッ!キモ〜ッ!」
手ごろな高さにウロを見つけて覗いたアルが変な悲鳴を上げて二、三メートル飛び退いた。
うじゃうじゃと、いったい何がいるんだ?
「アカン!お前は見んほうがエエ!……いや、ぜひ見てほしいわ。お前の大好きなかたが、ぎょうさん居たはるから。どーぞ」
俺が見ようとするとアルが言った。その言い方でだいたい察しがついた。またアレだろ。見るのをやめた。
「うわ〜、気持ち悪ィ!」
ボンも同じように覗き込んで、すぐに飛び退いて嫌そうな顔をする。よほどスゴいのだろう。率先して覗かなくて良かった。
「こんなん、どうやって、どけるんですか??」
「ここから少し北へ行った所に泉があるんで、そこに住むエルフから不思議な笛をもらってくるんですよ。その笛を吹くと蜘蛛たちが出てきて音に従ってついてゆきますから」
「へぇ〜!エルフやって!物語に出てくる妖精やんか。そんなんホンマにおんねんなぁ〜。きっと、めちゃ美しかったりすんねんで!めっちゃ楽しみや!」
アルがワクワクしながら言った。非現実的な話だな。
そこまでの道のりは木々もまばらで、わりあい迷いにくそうだった。感覚からして一キロもゆかない所に泉があった。木々に守られるようにして、ひっそりと湧いていた。
たしかにそこにはエルフらしき女がいた。人間ではあり得ないような緑の髪に、とがった耳。空想物語などに登場する姿をそのまま実体化したようだ。
…だけど、よく見りゃ、女というより男が女装しているらしい。
しかも、女装しているのはさっきの男じゃないか。剛毛の生えたゴツい腕や脚がヒラヒラの服から出ている様は気持ちが悪い。二、三日は夢に見そうだ。
「あの〜、耳、いがんでますけど…大丈夫なんですか…?」
アルがエルフもどきに言った。エルフに扮した男は、あわてて自分の耳に手を遣った。
「あらヤダ!あなたたちが歩くの速いから、あせってつけ間違えちゃったみたいだわ」
エルフに扮した男が野太い声で言った。
…島の王よ、一人二役させるにしても、もう少し配役を監督したほうがイイと思うぞ。
エルフに不思議な笛をもらって問題の大木まで戻ってきた。
「これを吹くと……うじゃうじゃ出てくんだよナ?」
「せやろ…あれが、うじゃうじゃゾロゾロついてくるんやで。ところで誰が吹くん?」
たしかに現実問題として切実だ。
「オレは今、ちょっと頭痛がすんだよナ〜」
「俺は急用が…それと、大のほう、だいぶガマンの限界やし」
ボンとアルは、さりげなく俺に笛を押しつけ、木から離れていった。
…って、こら!
何が頭痛だ、何が急用だ。責任逃れをしやがって。ジェンスに至っては俺の横で他人事のように、ただ上品に澄ましてニコニコと笑ってやがる。
まったく、何かとハラの立つ連中だ。これからは溺れていようが何だろうが、放置してやるからな。覚えてやがれ。
三人は少し離れた木の陰で、怖いもの見たさといったようすで興味津々にこちらを覗き見ている。目が合ったから思いきりにらみつけてやると、三人の顔は同時に幹の向こうへ引っ込んだ。
つくづくハラの立つ奴らだ。まとめて殴り倒してやりたいほどだ。
無理やり持たされた笛を仕方なく吹…こうと思うのだが、うじゃうじゃと八つ足が這い出て、ゾロゾロゾロゾロついてくる様を思い描いて二の足を踏んでしまう。
えーい!どうにでもなれ!
意を決して半ばヤケになってそれを吹く。だけど、たしかに吹いているはずなのに、予想に反して笛からは音が出ない。
不審に思っていると、手ほどの大きさの八つ足が木のウロからゾロゾロゾロゾロゾロゾロと這い出し始めた。
飛び上がりたいほどの不快感を押さえ込み、逃げ出したい気持ちをかなぐり捨て、音の聞こえない笛を吹きながら例の大木から離れる。この勇気!自分で自分を褒めるぞ!
ソレの行列は俺の歩みに合わせてついてくる。俺が止まるとソレらも止まり、俺が歩くとソレらも歩き出す。
その時、何を思ったのか、その内の一匹が一定の距離を破って足早に追いついてきて俺の足を登り…
背中を這い上がり…
払う間もなく襟首から服の中に…
「◎※☆〇★#ッっ!」
もう、今日かぎりで人間を廃業してもイイとさえ思った。
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一つ迷いの森おさのきに
少し小高い丘へ着いた。そこから見下ろせる所は、見渡すかぎり黒く茂る木々に満たされている。かなり広範囲に渡って森が広がっているようだ。
歩いてゆく内に、まばらだった木々がしだいに密集し、森になってゆくのが分かる。いつの間にか迷いの森とやらに足を踏み入れていたようだ。
なぜか磁石もムダにグルグルと回り続け、まごつくばかりでまったく意味を成さない。もはや、方位があやふやだ。それが、この森を『迷いの森』と呼ぶ所以なのだろう。
「次、ここらでエエ?」
「うん。見えやすい所にね」
ジェンスが返事をするとアルは布きれを枝に結びつけた。ボンは歩きながら白い布を細長く裂いている。
こんな場所では目印をつけておくしか帰り道を確保する方法がない。だが、効果はあるのだろうか。
「でも、大丈夫なんかいな。帰りには、目印、なくなっとったらどないするん」
「はは、誰が取るって言うのサ」
「鳥とか〜?人間かも知れんし」
「ハハハ、こんなとこに人間なんているかよ。いたほうが怖いヨ」
「おるかも知れんやん。それとかな、せっかく目印つけた木ィが歩いていって、場所変わっとったらどないするん」
「木が歩くわけないじゃんか」
「いや、分からんで〜。木ィも進化しとるからなぁ」
アルがニタニタしながら言うと、ボンは軽く笑い飛ばした。つくづく馬鹿な会話だと思う。
「なぁなぁ、くだものの種食べてしもて、おなかから木ィ出てきた人の話、知っとる?」
アルが背伸びをして布を結びながら、誰にともなく言った。
「マジで、種食ったらハラから芽が出んのか?ヤベ〜。オレ、スイカとか、だいぶ種食ってるゾ」
ボンが心配そうに答えた。
「あ〜…もう残念やけど、ご愁傷様ですわな。もう夏やし、今にスイカ畑になるから楽しみにしとくわ。俺が収穫したるから安心し。ぎょうさんできたら売って、おカネにしたるから」
「売上の八割は畑の持ち主のオレのだかんな!」
「フツー、畑がおカネ要求せんでしょ。畑が請求してきたら農場の人が困るやんか。ってゆーか、俺のまったくの作り話やから本気にせんとき」
アルは意地悪くヒヒヒと笑った。
「そんなことよかサ、『おさのきに』って何だと思う?オレは『長の木』だと思うんだ」
「フッフッフッ、甘い甘い甘い」
アルは、チッチッチッと言って立てた人差し指を横に振った。
「『おさのき』は、『オッサンの木ィ』に決まっとるやん。オッサン所有の木ィやで、たぶん」
「はん!こじつけもイイとこだナ。オレは意見を曲げないからナ」
「あ〜、別にイイですとも〜。それぞれの好き好きやし〜」
そういう問題だろうか?
大森林の平均的な木々の何倍もの高さを持つ大木の頭が見えてきた。アルの馬鹿な推理は度外視するとして、暗号の意味を普通に考えりゃ『長の木』だろう。それは森一番の大きな古木だと思われる。
しかし、それが見えてからが遠かった。帰りのために木に結んでいた布も途中で尽きた。途切れてしまっては道しるべの意味がない。
ようやく大木の根本へ着いた。その横には木造の小屋が建っていた。ちょうど中年の男が、その大木にからまるツタを鎌で切っているところだった。
「ちょっとお尋ねいたします」
「ああ、新しい勇者様。お久しぶりです、はじめまして」
ジェンスが話しかけると、男は変な挨拶をした。勇者とやらが来るのは久しぶりだということだろう。おそらく馬鹿正直に着けている、この恥ずかしいタスキで勇者一行と認知されたらしい。
「八つの秘宝の一つである水晶の鍵が、どこにあるのかご存知ですか?」
「ええ、はい。この、私の木の穴にありますよ」
そっけない態度で男は大木を示したかと思やぁ、今度は、いとおしむように幹を撫でて頬ずりを始めた。
「うわぁ…マジでオッサンの木ィやん」
アルがボソッとつぶやいた。あり得ないようなヒドいこじつけだな。暗号を作った奴のツラを見てやりたい。
「この木のウロに鍵があるにはあるんですが、実は大魔王の手先が住んでいまして。それが退かないことには鍵が取り出せんのです」
「大魔王の手先、ですか?」
「はい。それはもう、うじゃうじゃと」
「うじゃうじゃ…?」
うじゃうじゃという表現が少し気になったが、とりあえず問題の穴、ウロを探す。
「うっひゃ〜〜ッッ!キモ〜ッ!」
手ごろな高さにウロを見つけて覗いたアルが変な悲鳴を上げて二、三メートル飛び退いた。
うじゃうじゃと、いったい何がいるんだ?
「アカン!お前は見んほうがエエ!……いや、ぜひ見てほしいわ。お前の大好きなかたが、ぎょうさん居たはるから。どーぞ」
俺が見ようとするとアルが言った。その言い方でだいたい察しがついた。またアレだろ。見るのをやめた。
「うわ〜、気持ち悪ィ!」
ボンも同じように覗き込んで、すぐに飛び退いて嫌そうな顔をする。よほどスゴいのだろう。率先して覗かなくて良かった。
「こんなん、どうやって、どけるんですか??」
「ここから少し北へ行った所に泉があるんで、そこに住むエルフから不思議な笛をもらってくるんですよ。その笛を吹くと蜘蛛たちが出てきて音に従ってついてゆきますから」
「へぇ〜!エルフやって!物語に出てくる妖精やんか。そんなんホンマにおんねんなぁ〜。きっと、めちゃ美しかったりすんねんで!めっちゃ楽しみや!」
アルがワクワクしながら言った。非現実的な話だな。
そこまでの道のりは木々もまばらで、わりあい迷いにくそうだった。感覚からして一キロもゆかない所に泉があった。木々に守られるようにして、ひっそりと湧いていた。
たしかにそこにはエルフらしき女がいた。人間ではあり得ないような緑の髪に、とがった耳。空想物語などに登場する姿をそのまま実体化したようだ。
…だけど、よく見りゃ、女というより男が女装しているらしい。
しかも、女装しているのはさっきの男じゃないか。剛毛の生えたゴツい腕や脚がヒラヒラの服から出ている様は気持ちが悪い。二、三日は夢に見そうだ。
「あの〜、耳、いがんでますけど…大丈夫なんですか…?」
アルがエルフもどきに言った。エルフに扮した男は、あわてて自分の耳に手を遣った。
「あらヤダ!あなたたちが歩くの速いから、あせってつけ間違えちゃったみたいだわ」
エルフに扮した男が野太い声で言った。
…島の王よ、一人二役させるにしても、もう少し配役を監督したほうがイイと思うぞ。
エルフに不思議な笛をもらって問題の大木まで戻ってきた。
「これを吹くと……うじゃうじゃ出てくんだよナ?」
「せやろ…あれが、うじゃうじゃゾロゾロついてくるんやで。ところで誰が吹くん?」
たしかに現実問題として切実だ。
「オレは今、ちょっと頭痛がすんだよナ〜」
「俺は急用が…それと、大のほう、だいぶガマンの限界やし」
ボンとアルは、さりげなく俺に笛を押しつけ、木から離れていった。
…って、こら!
何が頭痛だ、何が急用だ。責任逃れをしやがって。ジェンスに至っては俺の横で他人事のように、ただ上品に澄ましてニコニコと笑ってやがる。
まったく、何かとハラの立つ連中だ。これからは溺れていようが何だろうが、放置してやるからな。覚えてやがれ。
三人は少し離れた木の陰で、怖いもの見たさといったようすで興味津々にこちらを覗き見ている。目が合ったから思いきりにらみつけてやると、三人の顔は同時に幹の向こうへ引っ込んだ。
つくづくハラの立つ奴らだ。まとめて殴り倒してやりたいほどだ。
無理やり持たされた笛を仕方なく吹…こうと思うのだが、うじゃうじゃと八つ足が這い出て、ゾロゾロゾロゾロついてくる様を思い描いて二の足を踏んでしまう。
えーい!どうにでもなれ!
意を決して半ばヤケになってそれを吹く。だけど、たしかに吹いているはずなのに、予想に反して笛からは音が出ない。
不審に思っていると、手ほどの大きさの八つ足が木のウロからゾロゾロゾロゾロゾロゾロと這い出し始めた。
飛び上がりたいほどの不快感を押さえ込み、逃げ出したい気持ちをかなぐり捨て、音の聞こえない笛を吹きながら例の大木から離れる。この勇気!自分で自分を褒めるぞ!
ソレの行列は俺の歩みに合わせてついてくる。俺が止まるとソレらも止まり、俺が歩くとソレらも歩き出す。
その時、何を思ったのか、その内の一匹が一定の距離を破って足早に追いついてきて俺の足を登り…
背中を這い上がり…
払う間もなく襟首から服の中に…
「◎※☆〇★#ッっ!」
もう、今日かぎりで人間を廃業してもイイとさえ思った。
イラスト・ユメバコさまより戴いていた物を勝手に使用
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