クェトル&エアリアル『仮相の夜宴』#1

第7話『仮相の夜宴』



▲作者より愛をこめて






マドモアゼール

マドモアゼール


今宵は貴女とマスカレード

恋愛はシーソーゲーム

駆け引きはお手柔らかに


貴女は黒蝶愛に飢えて

私は黒豹凄腕の狩人


真実を隠し素顔は捨てて

大胆におなり私の前だけは

廻るよ廻る

夢のマスカレード


きらびやかな翠玉

光るは貴女の瞳

何をお泣きだい?

哀しむは過去かい?

私と踊り明かし

昔は忘れておしまいよ


案ずるなかれ

知ることはない

素顔も仮面

逸楽のマスカレード


空虚な交わり

偽りのマスカレード





(1)


 ふと、目が覚めた。


 月明かりだろう、窓から射し込む光が床に幾何学的な模様を作り出している。

 まだ夜中のようだ。部屋に時計がないから時間は判らないが、冬だから暗くても朝と呼べる時刻なのかも知れない。


 遠くのほうで犬が吠えているのが聞こえ、それが逆に夜半の静けさを物語っていた。


 今日は、まだ起きなくてもイイだろう。寝返りをうち、再び眠れることを暖かい布団の中で噛みしめた。

 本当に暖かくて幸せだ。再び眠りに落ちるのは易いだろう。


 …と、何やらウチの玄関が、にわかに騒々しくなった。無遠慮に戸を叩く音と男の声。誰だ、こんな時間に。

 今にあきらめて帰るだろと安易に考え、うるさい男を無視して眠ろうとするのだが、どうやら声の主にあきらめる気はないようだ。

 じっちゃんは…と、同じ部屋に寝ているじっちゃんの気配を探るが、グーグー眠っているイビキが暗がりから聞こえるばかりで騒ぎに気づいていないようだ。

 目を覚ましていれば見に行ってくれるだろうが、熟睡しているのを起こすのも何だ。

 気づいてしまった自分が悪いとあきらめ、騒ぎの元凶、忌々しい奴の所へ行くことにする。早く止めなければ近所迷惑だ。


 布団から出ると、冬も深まった暮れの空気が身を切るようだ。

 椅子にかけてあった上着を羽織り、はだしに伝わる床板の冷たさに震えながら部屋を出た。

 壁を手で探って寒々とした真っ暗な階段を降りる。

 まだ玄関は変わらず騒々しい。誰だ、時間もわきまえない馬鹿野郎は。

 「大変だ」とか何だとかわめいてやがるが、時間をわきまえないお前の頭のほうが大変だろうが。

 ドアノブを探り当て、ハラ立ちに任せて思いきり玄関の戸を開ける。この馬鹿に戸をぶつけてやりたかったが残念なことに扉は内開きだ。

 急に開けたもんだから、戸を開けた先には戸を叩く格好のまま固まった男が間抜けヅラをさらしていた。

 ひどいクセ毛で暑苦しい顔の野郎。ボンだ。

「あ!クェトル!起きてたのか?」
 起きてるわけがないだろ。お前が叩き起こしやがったんだろうが。

 いきなりボンは俺にしがみついてきた。月明かりじゃなく、空は白みつつあった。その薄明るい背景に浮かび上がる表情は悲愴そのものだ。

「何の用だ」

「何って……そうだ!大変なんだヨ!ルシアが、ルシアがっ!」
 ルシア?聞いたことのある名前だが、いったい誰だ?

 それにしても騒々しい野郎だ。言動の冷静さに欠ける。

「落ち着け」

「落ち着いてなんかいられないんだヨ!」
 大きな声が静まり返った大路に響く。朝の暗い内からこの大声の野郎は近所迷惑だ。それを野放しにしているとウチの恥になる。

 ボンの胸ぐらを引っつかむ。

「いてて!く、首が絞まってるヨ…!」

 抗議の声を無視して家へと引きずり込み、戸を閉めた。

「もー、乱暴だなァ!オレを犬か猫みたいに思ってンだろ!」
 カワイイ犬猫をそんなふうに扱ったことはない。

「そうだ!話の続きだ!ルシアが大変なんだヨ!」

「誰のことだ」

「もしかして覚えてないのか?オレの恋人の」

 恋人なんて臆面もなく言いやがって。

 たしか、彫金職人の一人娘か何かだったな。自分に関係のない奴なんて、いちいち覚えていない。

「彫金職人のところの奴か」

「そうサ。あれから順調に愛を育んで、婚約したんだヨ」
 ニマニマと鼻の下を伸ばし、いかにも嬉しそうに語っている。

 それにしても、よくこんなに恥ずかしい言葉が平気で言えるものだ。感心する。


 何にせよ、くだらないノロケ話を聞かされるほど時間の無駄で馬鹿馬鹿しいものはない。

「だから何なんだ」

「えっ??あ、それがだよ!ルシアの父さん、騙されて大借金した上に病気で亡くなったんだよ。だけど、親一人、子一人、残ったルシアが借金のカタにつれてかれたんダヨ!」

 どうやら、そこが話の要点らしい。慌てるのも無理はないが、何もこんな時刻に押しかけて来なくてもイイだろ。それに、金持ちが貧乏人の所へ借金の話を持って来てもお門違いというものだ。

「お前の家は金持ちじゃないか」
 話を聞くのも面倒で、首のうしろを掻きながらよそ見をして言った。コイツらがどうなろうが、俺にとっちゃどうだってイイ。自分の睡眠時間を削られるほうが死活問題だ。

「オイオイ、いくらウチが金持ちでも、あんなスゴい借金は返せないヨ!借金は国家予算並みなんだから!…それに最近は、ほぼ勘当気味なんだヨ」
 金持ちなのは否定なしか?

 まあ、あれだけ跡継ぎを拒んでいては勘当されても仕方がないだろう。


 ボンがツバを飛ばしながら言うには、ルシアの父親がどういうわけか商売で騙され、回り回って、とある伯爵が最終的に借金の肩代わりをしたそうだ。

「その伯爵が借金を返さなくてもイイ代わりに、ルシアをつれていったんだヨ!」
 そう言いながらボンは俺の両肩をつかんで前後に激しく揺すった。痛い。

 そりゃ、残された一人娘ならば借金を背負わされるのも無理はないだろ。だが、人間一人で国家予算並みの価値が認められるのだろうか?

 借金の額には誇張がありそうだが、とりあえず困っているということだけは伝わってきた。

「それでだ!伯爵は借金のカタに取った妙齢の女の子をどうすると思う?ナァ!どうなんだよ!答えろヨ!」
 ボンは涙声でますます俺を責めた。俺に抗議されても困るのだが。

「俺が知るか」

「冷たいよナ〜!キミは、いつも冷ややかな顔してサ。周りで何が起きても自分には関係ねぇ、みたいな態度でサ」
 今度は恨みつらみだ。八つ当たりを始めやがった。今すぐ追い出してやろうか?

「ナぁ、ルシアを救い出すのに協力してくれないか?オレ一人じゃ無理だヨ」

「取って喰うわけじゃなし、別にイイんじゃないのか」

「何言ってんだヨ!そんな人でなしのところへ大切なルシアをやれるかよ!…ってか、それ以前の問題だよ!オレの婚約者を取られたんだった!」
 うなりながらボンは自分の頭を両手で掻き乱した。

「返してくれと、伯爵に面と向かって言ゃイイだろ」

「それはちょっと…伯爵は、かなりの権力者なんだよ。それに、中央帝国とも懇意だと聞くゾ。そんな奴に楯突いたりすりゃあ、オレの首と身体が永遠に泣き別れちまう!」

 恋人だの婚約しただのと言ってるくせに、それくらい何だ。情けない野郎だ。

 どちらにせよ、また俺まで巻き込む問題を持ってきやがったんだな。一人で解決できないのか。


 少し室内が明るくなってきていた。

 ボンはボサボサの頭で、顔もクチャクチャだ。その憔悴した姿を見ると何だか少し憐れになってきた。仕方がない、できるだけのことはしてやるか。

「分かった。手伝ゃイイんだろ」

「オオ!やってくれるのか!心の友よ!」

 俺がかなり投げやりに吐き捨てたことには気づかず、ボンは心底、嬉しそうな顔で大げさに抱きついてきた。

「あのな、作戦は練ってあるんだ。ともかく身体だけでイイから来てくれヨ」

「今すぐか?」

「ったりまえサ!オレの大切なルシアの安全のためなんだから」

 あきれた奴だ。人を叩き起こすだけでは飽き足らず、今度は有無を言わせず使役か。そう言われても俺には俺のやることがある。

「なぁー!何、悠長にしてんだよ!一大事なんだぜ?!」

 お前にしちゃ一大事でも、俺にすりゃどうだってイイことだ。

「朝メシくらい食わせろ」

「あー、そうかい!ルシアやオレよか朝メシのほうが大切なのか!」
 当たり前だ。お前を最優先してやるほど、お人好しじゃない。

「今から仕事だ。お前の用事は、そのあとだぞ」

 俺のすることをせかすように、いちいちボンは後についてくる。うっとうしい。

「えー、まだ待たせる気かよ〜ォ!」
 ボンが不満げに口をとがらせる。その顔をねめつけてやる。

「じゃあ帰れ」

「待ってますヨ!待ちゃイイんでしょ。待たせていただきますよ!」
 それは人に頼み事をする態度じゃないだろ。







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