クェトル&エアリアル『路傍の宝玉』#4

(4)


 今日は父さんにつれられて城へ来ている。

 用事っていうのは何か王様か誰か、エライ人にお会いすることだとか。

 無駄にはならないと言われてもなぁ…やっぱし俺までつれて来る意味が分かんない。


「なぁ、あんちゃん」
 アルが横で俺のソデを引っ張る。

 タイクツだからってオマケにつれて来たのはイイけど、さっきからあんちゃんあんちゃんとうるさい。

 つれて来たものの、こいつこそついて来た意味が分からない。つれて来なけりゃ良かったか。

「うるさいな、俺はお前のあんちゃんじゃないって言ってんだろ。いつ弟になったんだ。他に呼び方はねぇのかよ」

「じゃあ…お前でエエ?」

「極端なヤツだな」

「なぁ、お前。何で俺まで来なアカンのん?用事ないやん」

「ワケはないさ。何となくだ」

 …と、廊下の向こうから来るヤツが気になった。

 あれ?どこかで見た顔だな。あ!あのジェンスに似てる。

 こんなに似たヤツがいてたまるかってんだ。毛は黒いけど、あの顔は間違いないぞ。

「あのバカだ!何でこんな所にいやがんだ」

「来い」
 いてっ!俺が大声でバカって言うと、父さんにいきなり腕を引っつかまれてそこからジェンスらしきヤツの反対っ側の廊下の端まで引っ張られた。

「ナニ??」

「何、ではない。お前は何ということを口走るのだ。あのおかたは王子ジェラルド様であらせられるのだぞ」

「王子?あいつ、この前、バングレさんの店で会った、食い逃げしようとしてたカネも知らないって言うバカなんだよ」
 と、父さんに説明しながらチラッとよそ見してると、今度はあっちからジェンスらしきヤツが手招きしてるのが見えた。俺に来いってことか。

 俺が自分の顔を指差すと、ジェンスらしきヤツは大きくうなずいて、もう一度手招きした。

「呼んでるから離して」
 父さんにそう言うと難しい顔で俺の腕をつかんでいる手を離してくれた。

 俺が近づくと、そいつは廊下を曲がった所の物の陰へ俺を呼んだ。

 俺がそばまで行くと、そいつはニッコリと笑った。

「お前、ジェンスだろ?こんなとこで何してんだ?それにその毛は何だよ。白髪じゃなかったっけ」

「やあ、クェトル。こんにちは。僕の髪かい?これはカツラだよ。それに白髪じゃなくて銀髪って言ってほしいなぁ」
 どっちだって同じじゃないか、と思うんだけど、ジェンスはこだわってるみたいだ。

「あのね、僕はね実は、王子なんだよ。あの時は隠して悪かったね。そこでだよ、君にはお願い事があるんだ。僕が街へ出歩いていることは誰にも言わないでほしいんだ。君の父上にもだよ。約束してくれるかな?」

 こいつ、内緒で街へ出てやがったのか。何だかズレたヤツだと思ってりゃ、王子だったとはな。

「ああ。べつにイイけど」

「ありがとう。恩に着るよ。いやぁ、君がディベテットさんのご子息だったとはねぇ。広いようで狭いものだね。僕のほうこそ驚いたよ」

「何だ、父さんを知ってたのか?」

「知ってるも何も、僕の武芸の師範だよ。黒騎士だけど特別に王家の指南役を任されてらっしゃるんだよ。いつも厳しい先生なんだよ」
 肩をすくめて白くて女みたいな顔で笑う。

 武芸なんてまったく似合わないヤツだ。俺は吹き出しそうになるのにたえる。

「お前が武芸って、いったい何すんだよ。剣術でもするのかよ」

「僕は武人じゃないから剣は持たないよ。身体を鍛えるために弓術をたしなんでいるだけだよ。これでも弓術には自信があるんだ」

 それも想像つかないな、こいつに弓なんて引けるんだろうか。

 それより、父さんが王子に武芸を教えてるなんて知らなかった。しかも、白騎士とは違って黒騎士は平民なのに、王家なんかに関わっているなんてな。ちょっと驚いた。

 …でも待てよ、こいつ、何で俺の父さんって分かったんだ?俺から言った覚えはないぞ。

「ちょっと待て。俺、自分の父さんだって言ったか?何で分かったんだ」

「見れば分かるよ。あ、そうそう。お城を案内しようか」
 ジェンスは意味ありげに笑って、それからスタスタと父さんの所へ歩き出した。


「先生、こんにちは」

「ジェラルド様、ご機嫌うるわしゅうございます。ところで、この間の課題は、もう済まされましたか?」

「いや〜、いきなりですね。お厳しい。ところで、あなた様のご子息をお借りしてもイイですか?気が合いそうなので友に持ちたいのですが」

「友に? 某(それがし)は一向に構いませんが、このようなしつけのなっていない者をはべらされたりしては教育長様にお叱りになられませんか」

「いえ、大丈夫ですよ。じゃあ」

 ジェンスが歩き出すと、父さんが俺をこっそり呼び止めた。

「くれぐれも粗相のないようにな」

 しっかりとクギを刺された。俺はとりあえずうなずき返した。

 でも、王子ったって、ただのガキだろ。そんなにエライのかねぇ。

 と、ジェンスのほうを見ると、廊下の真ん中でつっ立ったアルがぼーっとこっちを見てるのが見えた。

 しまった、あいつがいたことをすっかり忘れてた。いつもおいてきぼりにしちゃうんだよな。

「さあ、行こう。どこを案内しようかなぁ」

 ジェンスは嬉しそうに言って歩き出した。

「あ、待ってくれ。こいつも一緒に!」
 ジェンスを呼び止めると、ジェンスはちょうどアルの横で止まった。

「あれっ?君には弟クンがいたのかい。こんにちは、弟クン。僕はジェラルドだよ。君の名前は?」

 いきなり言われてアルはやっぱしモジモジやってる。

「俺の弟じゃないよ。エアリアルって名前だけど長ったらしいから、こいつはアルでイイぞ」

「でも、せっかくキレイな名前があるんだから、僕はエアリアルって呼ばせてもらうことにするよ」

「勝手にしろよ。あ、それと、歳は七歳だ。移民街の代書屋の子だよ。慣れないと言葉が分かりにくいけど」

「ふぅん。そうなのかい。さあ、君もおいでよ」

 そう言ってジェンスはアルの手をつないだ。

 ジェンスは優しそうだからか、人見知りをするアルも嫌がらずにしっかりと手をにぎったようだ。


 他のどんな場所でも見たことがないくらい広い廊下が続いている。床がピカピカの石でできててビックリするくらいキレイだ。

「どんな所へ行きたいんだい?部屋でも庭でも、思いついた好きな所を言ってごらんよ」

「王様のとこ!」
 アルがめちゃくちゃを言った。

 いくら何でも、そりゃマズいだろ。

「いやいや、王様だけはやめにしたほうがイイと思うよ。捕って食べられてしまうよ〜」
 ジェンスはニコニコしながら自分の顔の前で手をさよならするみたいに大きく振った。

「え〜、魔王なん? この国の王様」

「うん、そんな感じかな」
 どんな感じだよ、まったく。

「そうそう、図書館なんてどうかな。見てるだけで楽しいよ」

 ジェンスは廊下のつきあたりの部屋を指差した。

 そこには大きな扉があった。大人の背の二、三倍くらいはありそうだ。

 まるで巨人の館にでも迷い込んだみたいな気持ちになるな。それとも自分が小さくなってしまったような、そんな感じがする。

 ジェンスは取っ手を持って戸を押し開けた。二枚扉の片方がスッと開いた。

「すごい!」
 思わず言ってしまった。

 こんな大きな部屋があること自体すごいけど、ずら〜っと並んだ本の数がすご過ぎる。何冊くらいあるんだろうか。

 キレイに棚に入ってるヤツだけじゃなくて、入りきらないのか片づける途中なのか、山積みの本がたくさんある。

 そこで何人かが忙しそうに本を持って何かしたりしている。分けたりしてるんだろうか。

「先生、こんにちは」
 ジェンスがそこにいた人に声をかけた。先生と言われた人は、ちょっと白髪の混じった頭をしたおじさんだ。

「これはこれは、ジェラルド様。本日はおひがらも良く、誠にご機嫌のほうはうるわしいようにお見受けいたします候。時候は、ころ良く、桜の咲きたる温和な今日このごろ。いかがお過ごしなされてますでしょうか」

「いやぁ、そんなていねいなあいさつはイイよ」

「左様でございますか、はい。今日はどうなされました?ご本をお探しですか。ご覧のとおり、国内外より新たな書が届いております故、お手に取られましてごゆるりと吟味なされて、お気に召されました物よりご閲覧なされますよう重ね重ね…」

「もうあいさつはイイよ。若先生はいらっしゃるかい?」

「あいにく本日はお暇をいただいております」

「そうなのかい。それにしてもたくさん入ったねぇ」

「はい。友好のしるしにと鷹国(オデツィア)より賜ったご本にございます」

「中央帝国のかぁ。何かイイのはあったかい?」

「まだ全てを拝読いたしてはおりませんが、そうですねぇ、ジェラルド様のお好みでしたら…この辺りなど」
 と言いながらおじさんは本の山から二冊、豪華な分厚い本を取り出してジェンスに渡した。

 大きくて重そうなヤツだ。しかもものすごく小さな字が思いっきり詰め込まれているな。

 ジェンスはペラペラと中身を見た。

「うん、さすが先生の見立てだね。興味深いよ。じゃあ、借りていくから、明日にでも誰か取りに来てよ」
 …ってことは、こんなの二冊も一晩で読むってのか??

「かしこまりました。言いつけておきます。ジェラルド様、またお越しくださいますよう切にお願い申し上げまして、本日のごあいさつに代えさせていただきまして…」
 もちろん例の長いあいさつが返ってきた。でもジェンスは、もう図書館を出ていた。あの王子、なかなか気ままなヤツだな。


 さて、どこへ行きやがったんだ。

 廊下が十字路になっててどっちへ行ったのか解らなくなっちまった。あまり俺たちみたいなのが勝手にウロついてると城からつまみ出されそうだ。

「誰か捕まえてください!」

 十字路の真ん中でキョロキョロやってると、右の廊下から大声が聞こえてきた。

 かと思うと、男がその方向からすごい速さで走ってきて、そのまままっすぐに走り抜けて行った。

 ちょっとしてから貴族っぽい服を着た姉ちゃんらが五人、息を切らせてヨロヨロ走ってきた。いかにも足が遅そうだ。

「お待ちになって〜!」
 何て言うのか、黄色い声ってのか、とてもうるさい。

「ドロボーか?」
 俺は姉ちゃんらに聞いた。

「そうよ。ドロボーだわ!捕まえてちょうだい」

 やっぱドロボーか!

 でも足が速そうだったし、大人だったみたいだから俺なんかに捕まえられるのか?? 逆に捕まりかねないぞ…。

 ともかくヘロヘロの姉ちゃんらをその場に置いて、ついでにアルも置き去りにして俺は男の走っていったほうへ走り出した。

 顔はよく見えなかったけど、たしか真っ黒の短髪で、青い上着は袖口にクローバーの模様がたくさんあったのを着ていたはずだ。左腰には赤い宝石のついた細剣を佩いていた。

 それと、おっさんではなくて若かったな。


 え〜と、廊下を抜けてと…どこへ行きやがったんだ。

 あ! いた!

「あ!ドロボーだ!」

 廊下の角を曲がった所で男が背中を壁につけて隠れてた。

「し〜ッ」

男は俺の口をふさいで廊下の陰へ引き込んだ。

 クソッ!ドロボーに捕まった!

 暴れてみるけど力でかなうわきゃない。どうなるんだ、どうやったら逃げられるんだ…!

「こら、おとなしくしろ!私はドロボーではない」

 そりゃそうだ、ドロボーが自分をドロボーって言うわけないだろうが!

「モガモガモゴ!」

 俺の口を押さえる指を必死で叫びながら噛んでやる。

「おい、やめろ!痛いな!私は王子だ。ドロボーとは人聞きの悪い」

 抵抗をやめてみた。すると男は俺を捕まえる手をゆるめた。

「王子…?」

 そいつを見上げる。細くて背の高い、すげぇ男前のあんちゃんだ。たしかにドロボーっていうよりは王子っぽい。

 でもさっきの人らはドロボーって言ってたけど。

「王子って、ジェラルドも王子だろ。ジェラルドの兄さんか何かか?」

「ジェラルドを知っているのか?彼とは異母兄弟だよ」

「え?イボ兄弟?デキモノかよ」

「そのイボではない。分かるか、言わばお母さんの違う兄弟なんだ。あちらが正嫡、私のほうが妾腹だがね」

「あんた、ドロボーじゃないの?」

「とんでもない。何も盗ってはいない。彼女たちは私の追っかけだよ。私の姿を見ると追いかけてくるんだ。かなわない」
と言うか言わないかの時に、あの黄色い声が聞こえてきた。

「わたくしの心をお盗みになったレイノルドさまぁ〜!お待ちになって〜ぇ」

 何だ、盗んだのは心かよ。つまんねぇな。

「逃げるぞ」

 王子レイノルドは俺をヒョイと小脇にかかえて逃げ出そうとした。

「あ、ちょっと!俺、忘れ物してんだ!」

「何だ?」

「あれ!あのガキ、小さいヤツ」

 かかえられながら俺は廊下のあっちのほうでキョトンとしているアルを指差した。

「あの子か」

 何と、レイノルドは追っかけの姉ちゃんらの真ん中をすり抜けてアルのほうへ走り出した!

 かと思うと、驚くアルも俺と反対側の脇にかかえた。


 そのまま廊下を走り抜ける。


 背中にさっきの黄色い声が聞こえていた。やれやれ、何だかすごいことになったなぁ。



 どこをどう走ってんのか分かんないけど、外へ出た。

 しばらく走っていると何かの建物の裏へ出た。そこで俺たちは下ろされた。


「ところで、私が拐うような形になってしまったけれど、君たちはあそこで何をしていたんだね?」

「ジェラルドに城の中を見せてもらってたんだけど」

「そうか。ならばこれからは私が案内しよう」

「でもちょっと、ジェラルドが…」
と言いかけたけど、まあ、あんなヤツどうでもイイかとも思った。


 レイノルドは服を整えながら歩き出した。俺はそのあとを追った。アルもついてきた。

「ところで君、名前は?」

「クェトルだ。あんたは、え〜と、レイノルドとかいうんだよな」

「そうだ。それと坊や、君は?」
 レイノルドはそう言ってアルに笑いかけて近づいた。

 でもアルはモジモジして俺のうしろに隠れてしまった。馴れない人には、てんでダメなヤツだ。

「こいつ、アルってんだけど、人見知りするからダメだよ」

「そうか?」

 レイノルドはアルの相手をするのをあきらめた。


 そうやって歩いている内に広い庭みたいな所へ出た。桜の木がたくさんあって花が咲いている。その横に大きくて深そうな池がある。

 固めたりしてない土のままの池のふちに、風に吹かれた水が海の波みたいにチャプチャプしている。

 花びらの浮かぶ緑色の水に、赤や金色、黒ブチ模様のある魚の背中が見え隠れする。

「うわ〜、おっきいお魚さんおる!かわいい」
 アルがさっそく魚を見つける。

「ホントだな。何だろ?鯉か」

「それは鯉だ。魚でも見て、そこで少し待っていたまえ」
 レイノルドはそう言うと俺たちを池の横に残してどこかへ行った。どこへ行ったんだろ。


「なぁなぁ、あんちゃん、お魚捕って。あのおっきいの」
 アルが魚を指差しながら俺の上着のスソを引っ張る。

「馬鹿言うなよ、金魚すくいじゃあるまいし」

「じゃあ、もうちょっと、ちっさいのんでエエから、水に入って捕ってよ。あ!」
 アルが急に小さく叫んで一匹を指差した。何だ?

「今の黄色いのん、顔あった!」

「そりゃ魚でも顔くらいあんだろ」

「違うねん、おっちゃんみたいな顔しとったねん!」


 そこへレイノルドが帰ってきた。布で物を包んだみたいな細長いのを手に持っている。

「大きい魚はいたか?」

「あのね、おっちゃんの顔したのんがおったよ!」

「そうか? お兄さんはまだ見たことがないな。良かったね、珍しいのを見ることができて」
 レイノルドが言うとアルは大きくうなずいた。


 俺は顔付きの魚よりレイノルドが持ってきた物のほうが気になった。何だかヤな予感がするからだ。

「その持ってるヤツは何だよ? それを取りに行ってたのか?」

「そうだ。君に渡そうと思ってね」
 そう言ってレイノルドは布を開いてみせた。布の中から剣が一本出てきた。そんなに重そうなヤツじゃない。何だってそんな物を?

「? 俺に?」

「そうだ。あのな、私は君の物怖じしないところが気に入ったのだよ。どうだい、仕官する気はないか?できれば私に仕えてくれたまえ。まだまだ遊びたいだろうが、こういうことは早いほうがイイんだ。君の歳ならば、もう遅いくらいだよ」

「またかよ!」

「また?もしかしてジェラルドが先に声をかけていたのか?」

「違うよ。シカンっつか、騎士になれってウチの父さんがいつも言うんだよ。それをあんたまで言うのかよ」

「君の父上は騎士なのか?」

「うん。ジェラルドの武芸、いや、弓術の先生らしいんだ」

「ジェラルドの、ということは、君はディベテットさんの?これはこれは、とんだご無礼を」

 レイノルドは俺に頭を下げた。そうか、父さんはこの王子の指南役もやっているんだな。

 でも、この王子のほうがジェンスのヤツなんかより男らしいな。


 ふと、王子が佩いているレイピアに目がいった。柄尻に赤い宝石がついたキレイなヤツだ。父さんの飾りも何もないサーベルとはずいぶん違う。

「君は騎士になるのはイヤなのか?」

「うん。ヤだ」

「ハッキリしているな」
 王子はカラカラ笑った。

「でもこれは別だ。仕官するにせよしないにせよ、受けたまえ」

「ちょっと!?」

 ほとんど押しつけるみたいに剣を手渡して、レイノルドは前をスタスタ歩き始めた。それを早足で追いかける。


「困るよ、こんなの。どうすりゃイイんだよ」

「な〜に、素直に受け取っておけば良いのだ。私からならば君の父上もムゲにお叱りにはならないだろう」

 そう言われてしまやぁ俺にはもう言い返す言葉が思い浮かばない。

 そりゃそうだろうけど、何だかなぁ。手の中のずっしりとした物を見る。


 アルは走ったりしゃがんだりして、落ちてる物を拾いながら歩いている。きっと小石や棒きれのゴミを上着のポケットに溜めてるんだな。こいつぁ、目についた物は何でも拾うからな。


「君の父上はご家庭ではどんな人なんだね」
 レイノルドがいきなり聞いてきた。


 それは返事に困るなぁ。ヘタすりゃ王子らのほうが俺より父さんを知ってそうだ。

「あんまし家にいないからなぁ。う〜ん…父さんはあまりしゃべらないけど、しつけとかは厳しいかな。どこへ出しても恥ずかしくないようにとか何とか言ってさ、メシ中に手をぶたれたりするし、身だしなみにはうるさいし、ともかくだらしないケジメがないのは大嫌いなんだよ。俺は会うとぶたれてるなぁ」

「私が知るディベテットさんと大差はなさそうだな」

「え?王子のあんたもウチの父さんにぶたれてんのか」

「大差はないと言っただろう?きっと、ご自分の子も人の子も別け隔てなさらないんだろう」

「イイのかな、王子なんか叩いて。でもさ、ウチの父さんは黒騎士なのに王子みたいなエラい人に教えてるなんて、そういうのはダメなんじゃないの、貴族じゃないとさ」

「私がお選びしたわけではないから確かなことは言えないが、国内屈指と謳われる腕はもとより、私から見た限りではお人柄かな。とても誠実なおかただからだろう」

「ふ〜ん。…で、セイジツってどんなこと?」

「平たく言えば真面目だということだな」

「ふ〜ん。あ、それとあんた、歳いくつだ?」

「二十歳だが、それが何か」

「いや、俺にさ、あんたと同じくらいの兄ちゃんがいるんだ、っつか、いたんだ」

「兄上は何をされているんだね?亡くなられたのか」

「いや、五年くらい前に帝国へ行っちゃって、そのあとはよく知らないけど、たぶん生きてると思うよ」

「そうかね」

「あんたを見たら兄ちゃんを思い出したんだよ。ねえ、さっきイボが何だとか言ってたけど、あんたとジェラルドって仲イイの?」

「ご想像に任せるよ」
 レイノルドはニタリと笑って大股で歩みを速めた。

「ごまかしてズルいな」

 俺はその横に並ぶようについてゆく。


「ねえ、あんたは国王様にはなれないの?ジェラルドなんかよりもイイと俺は思うんだけどさ」

「そう言ってくれるとありがたいが、よほどのことがない限り側室の子はお世継ぎではないという決まりだからな。それに、私は国を治めたいとは思わないよ。こう見えても私は結構、気ままな性質(たち)でな」
 レイノルドは目を細めて白い歯を見せて笑った。あの変な姉ちゃんらに追いかけられるのが解るような気がする。

「あれ、クェトルにエアリアル。それに兄上」

 のんびり声がしたかと思うと、そこにはジェンスがいた。

 ここから少し離れた木陰の長イスでさっきの本を読んでやがる。俺たちを見つけて手を大きく振っている。

「どうしたもこうしたも! 説明すんのも面倒だよ。お前が俺たちを放ってゆくからだ!」
 俺は長イスの所まで駆け寄った。こいつめ、文句を言ってやるぞ。

「何を怒っているんだい?僕、何か悪いことをしたかなぁ?」
 ジェンスはのんびりとした声で言って首をかしげた。

「だから!……もうイイ」
 つかめない雲みたいなヤツに怒る気もなくした。


 振り返るとレイノルドもこっちまで来ていた。

「兄上、お久しぶりです。ご機嫌うるわしゅうございます」

「久しいな。時にジェラルド、この子たちは君の友か?」

「そうですよ。こっちがクェトル。ディベテットさんのご子息です」

「ああ、そのことは本人から聞いた」

「そうですか。それはそうと兄上、来月の式典のことですが、僕の代わりに出席してくださるというお話はどうなったのです?まだうやむやになっていますが」

「あのな、ジェラルド。それは前にも言ったではないか。君の仕事だろう? 私は枠外だよ。そんなことでどうするんだ」

「あ〜、父上みたいなことを言わないでくださいよぅ、ご無体だなぁ。だって僕、公式の場に出るのが堅苦しくてイヤなものですから」
「その気持ちは分からないこともないが、公務だから仕方がないだろう。君もいくつになった?いつまでも私が代わっているわけにもいかんよ」

「それはそうですが。そもそも、どうして兄上より年下の僕が王位を継承しなくてはならないのですか。僕が兄上より年上なら考えます。しかも僕なんてかなり不向きですよ。僕みたいな文化的自由人は吟遊詩人や司書でもやったほうが天職だと思うのですが、どうでしょう?」

「分かった分かった。御意御意。そういうことは父上に申し立てなさい。さ、私は用があるからもう行くよ」
 と、その時、ジェンスの座ってる長イスのうしろの木と草むらがガサガサいったかと思うと、抜いた剣を持った軽装の鎧のヤツが五、六人飛び出してきた。

 その途端、アルは俺に飛びつき、力いっぱいしがみついてきた。

 いったい何が起こったんだ?!


イラスト・樹紫さま


「敵兵だ」
 レイノルドはそう言って腰のレイピアを抜いた。日の光で刃も宝石もキラッと光る。

「何をしている!君も抜かないか」

「えー?俺も??」
 レイノルドに言われて思わずレイノルドの顔を見上げる。

「分からないか!非武装の一般市民を守るんだ。早くしたまえ」
 一般市民って誰のことだよ!?それに、ウチの国、ヴァーバルは今、戦争なんてしてないんじゃなかったのか?!


 何が何だかどうなってんのかワケが分からないけど、しがみつくアルを引きはがして長イスのジェンスに押しつける。

 アルは、今度はジェンスにしがみついた。

 俺はそれを見届けてから、何だか分からないけど危険そうだからとにかく言われたとおりに剣を抜く。

 金物の擦れる、すらーっという感触が手に感じられる。片刃の剣で、包丁の親玉みたいで鋭い。

 父さんには木刀しか持たせてもらったことがないから不安だ。

 真剣で向かってこられるのが不安なんじゃない。この刃というやつが簡単に相手を傷つけることができてしまうのが恐ろしい。


 こんなことになるのならジェンスに案内してもらっときゃ良かったな。

 でも、ジェンスのヤツと一緒にいたとしても同じだったかな?


 見るとレイノルドはその内の一人と剣を交えている。

 でもそれは、もうヒトゴトじゃなかった。違う一人が剣を持っている俺にも斬りかかってきた。

 とっさに刃でそれを受けた。キーンと金属の高い音がする。

 相手は鍔ぜり合いのままじりじりと押してくる。大人相手で勝てるわきゃないだろうが!!

 も〜、俺にどうしろってんだ!?

 男は力一杯押してくる。

 そうだ!力で勝てるわけがないなら…俺はいきなり力を抜いてうしろへと引いた。

 すると、やっぱり思ったとおり相手は勢い余って前へつんのめりやがった。

 それから俺は剣を返して両手でにぎり直し、そのガラ空きの背中を峰でしこたまブッ叩いてやる。

 鎧がないから痛いだろうなぁ、男は倒れて背中を押さえてうなっている。ナメんなよ。


 アルは大丈夫か。

 と、振り返ってみると、何とジェンスのヤツは自分を挟んでレイノルドと敵兵が戦っているというのに、さっきと同じ格好で澄まして本を読んでやがる。顔色一つ変えてない。

 どういうヤツなんだ?すげぇ肝っ玉なのか、それともすげぇボケてんのか?まるで何事もないみたいだ。


 ちょうどその時、レイノルドの剣が相手の敵兵の武器を弾き飛ばし、そのノドに刃先をつきつけていた。

 相手は両手を挙げた。


「今日は敗けを認めるか?」

「はい、レイノルド様。今日は強力な参加者にも参りました」

 強力な参加者? もしかして俺のことか??

「よしよし。これで私は九十二勝七敗だな」
 レイノルドがニッと笑って言うと、敵兵らは頭を下げて素早く退散した。

 いったい何なんだ?

「さっきのは?」
 俺が言うとレイノルドはニタリと笑った。

「驚いたかね? まあ、よく見たまえ、それも模擬刀だ。実は、ああやって城の庭限定で奇襲をかけたりする遊びなんだ。なかなか気が抜けないのだ」
 レイピアを鞘に収めながらレイノルドは答えた。

 えっ?ニセモノだって??

 言われてみて自分の手にある剣の刃先の鋭いとこを指で強く押してみた。ホントだ、切れない。

「…戦争ごっこかよ!!」
 俺は思わず叫んだ。

 アホらしいっつーか、ハラが立つってか、真面目にやってた自分がヤになる。

「ごっこ、というわけでもないのだがね。それより君、さすがはディベテットさんのご子息だ。有望だな。さっきの話、考えておいてくれたまえ。いや、決定ということで良いか。ではまた」

「ちょっと!」

 レイノルドは片目をつぶって片手であいさつしてキョロキョロ周りを見回してから、今度こそ止めるまでに去っていった。

 まったく、自分勝手な人だな!

「兄上は優しくてカッコイイ人でしょう?頭もイイし腕も立つ。あんな人こそ国王になってくれればイイと僕は思うんだけどなぁ。君はそうは思わないかい?」
 ジェンスがニコニコして言った。

「…お前も何だけど、あの人もかなり問題あるぞ…」

「そうかなぁ?」

「ヒマなんだな、王子ってヤツぁ」


 俺はあきれた。


 …それと、この国の未来を心配した。



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