(1)
鳩がクククという鳴き声を立てて、高い塔のてっぺんから舞い降りてきた。
昼過ぎまで降っていた大雨が地面に作った名残に雲が映っている。
たそがれの広場の噴水のほとりで、こ汚い無頓着な服を着た画工が板に乗せた紙に細くて黒い棒みたいなヤツで軽く線描きしている。
その目線の先には…石の長椅子に腰かけて、群がる鳩にエサをまく黒髪の子がいる。歳は十歳ちょっとくらいだろうか、色白で棒のように細い手足をした少年だ。
どうやらこの子を描いているらしい。よく分からないが、下描きか何かなんだろう。あんな動いているものをよく描けるもんだ。
被写体を注意して見ると…何だ、アルじゃないか。こんなとこで、のんきに何してんだ。
画工の横を越えてアルに近づく。アルは気づいていない。
「おい、何してんだ」
「うわっ!…何や〜、お前か。びっくりするやん。…何してるかって?そんなん見たら分かるやん」
そりゃ、鳩にエサをやってるくらいは分かっている。
俺は黙って返事を待った。
何羽くらいいるんだろうか。首に光沢のある灰色の、おびただしい数の鳩がアルの投げた物に群がっている。先を競うようについばむ。
「おっちゃんが残すからな。ようけ、パンのミミあったから、鳩さんと一緒におやつやねん」
そう言ってアルは鳩にやってる物と同じカゴからパンを取り出して口へ放り込んだ。自分の食い物をやっているのならともかく、鳩のために持ってきている物を一緒に食うなよ…。
「うわ〜、欲張り!さっきから、でっかいヤツばっかり一人で食べとるなぁ。みんなにも分けたりぃな」
アルは鳩に向かって言った。たしかに強そうなのが一羽、周囲を寄せつけずに独り占めを決め込んでいた。
鳩をながめている内に画工のことを思い出した。
「お前、あの画工に描かれているのは知ってるのか」
俺が目でチラリと画工のほうを差すと、アルは振り返ってそちらを見る。そして首を横に振る。
「ううん、知らんよ。せやけど、俺なんか描いたらすごい作品できても知らんで」
アルはヒッヒッヒッと笑った。
ところで、コイツは何でこんな所に一人でいるのだろう。
「一人か」
「一人やけど一人とちゃうねん。せやけど、一人とちゃうねんけど一人やねん。解る?」
ぜんぜん解らない。
「おばちゃんの用事、終わんのココで待ってんねん」
モゴモゴと頬張りながら奇妙な言い回しをし、俺のうしろの方向を指差した。その方向には立派な王立図書館が建っている。そうか。ガキは追い出されたか。
それよりも、こんな夕暮れ時に、お人よしの坊ちゃんが一人でいて大丈夫なのか。心配になる。
「ぼんやりしていると子盗りに盗られるぞ」
「小鳥に?フタしてるから大丈夫やで。それより、小鳥のほうが俺に捕られんように気ィつけなアカンで」
アルはヒヒヒと笑ってカゴのフタを開け、中のパンをまいた。
お前がどうやって子盗りを盗るってんだ…。
「なぁ、それより、お前こそ何してるん。散歩?」
悠長に散歩をしているわけじゃない。届け物の帰りだ。
「使いの帰りだ」
「ふうん、そーなん。仕事?大変やなぁ。…お前もパンのミミ食べへん?おいしいよ〜」
「要らん」
さすがに鳩にやってる物は食いたくはない。
「ぎょうさんあんねんけどなぁ。しかも、めっちゃおいしいのに」
残念そうに言いながらパンのミミを頬張り、鳩の群れにもまく。仲がイイことだ。
「もう帰るぞ」
「あれ?もう帰んのん?淋しいやんか」
アルは座ったまま上目遣いで名残惜しそうに俺を見た。
俺は片手であいさつをし、その場をあとにした。 ⇒
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鳩がクククという鳴き声を立てて、高い塔のてっぺんから舞い降りてきた。
昼過ぎまで降っていた大雨が地面に作った名残に雲が映っている。
たそがれの広場の噴水のほとりで、こ汚い無頓着な服を着た画工が板に乗せた紙に細くて黒い棒みたいなヤツで軽く線描きしている。
その目線の先には…石の長椅子に腰かけて、群がる鳩にエサをまく黒髪の子がいる。歳は十歳ちょっとくらいだろうか、色白で棒のように細い手足をした少年だ。
どうやらこの子を描いているらしい。よく分からないが、下描きか何かなんだろう。あんな動いているものをよく描けるもんだ。
被写体を注意して見ると…何だ、アルじゃないか。こんなとこで、のんきに何してんだ。
画工の横を越えてアルに近づく。アルは気づいていない。
「おい、何してんだ」
「うわっ!…何や〜、お前か。びっくりするやん。…何してるかって?そんなん見たら分かるやん」
そりゃ、鳩にエサをやってるくらいは分かっている。
俺は黙って返事を待った。
何羽くらいいるんだろうか。首に光沢のある灰色の、おびただしい数の鳩がアルの投げた物に群がっている。先を競うようについばむ。
「おっちゃんが残すからな。ようけ、パンのミミあったから、鳩さんと一緒におやつやねん」
そう言ってアルは鳩にやってる物と同じカゴからパンを取り出して口へ放り込んだ。自分の食い物をやっているのならともかく、鳩のために持ってきている物を一緒に食うなよ…。
「うわ〜、欲張り!さっきから、でっかいヤツばっかり一人で食べとるなぁ。みんなにも分けたりぃな」
アルは鳩に向かって言った。たしかに強そうなのが一羽、周囲を寄せつけずに独り占めを決め込んでいた。
鳩をながめている内に画工のことを思い出した。
「お前、あの画工に描かれているのは知ってるのか」
俺が目でチラリと画工のほうを差すと、アルは振り返ってそちらを見る。そして首を横に振る。
「ううん、知らんよ。せやけど、俺なんか描いたらすごい作品できても知らんで」
アルはヒッヒッヒッと笑った。
ところで、コイツは何でこんな所に一人でいるのだろう。
「一人か」
「一人やけど一人とちゃうねん。せやけど、一人とちゃうねんけど一人やねん。解る?」
ぜんぜん解らない。
「おばちゃんの用事、終わんのココで待ってんねん」
モゴモゴと頬張りながら奇妙な言い回しをし、俺のうしろの方向を指差した。その方向には立派な王立図書館が建っている。そうか。ガキは追い出されたか。
それよりも、こんな夕暮れ時に、お人よしの坊ちゃんが一人でいて大丈夫なのか。心配になる。
「ぼんやりしていると子盗りに盗られるぞ」
「小鳥に?フタしてるから大丈夫やで。それより、小鳥のほうが俺に捕られんように気ィつけなアカンで」
アルはヒヒヒと笑ってカゴのフタを開け、中のパンをまいた。
お前がどうやって子盗りを盗るってんだ…。
「なぁ、それより、お前こそ何してるん。散歩?」
悠長に散歩をしているわけじゃない。届け物の帰りだ。
「使いの帰りだ」
「ふうん、そーなん。仕事?大変やなぁ。…お前もパンのミミ食べへん?おいしいよ〜」
「要らん」
さすがに鳩にやってる物は食いたくはない。
「ぎょうさんあんねんけどなぁ。しかも、めっちゃおいしいのに」
残念そうに言いながらパンのミミを頬張り、鳩の群れにもまく。仲がイイことだ。
「もう帰るぞ」
「あれ?もう帰んのん?淋しいやんか」
アルは座ったまま上目遣いで名残惜しそうに俺を見た。
俺は片手であいさつをし、その場をあとにした。 ⇒
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