クェトル&エアリアル『血の記憶』#5

(5)


オンを立って三日が経った。ヤム村までの行程の中ほどは過ぎただろうか。目標物になる建物も個性的な山も川も何もない。ただ広いだけの山裾の原っぱが続いていた。

背丈の低い草が延々と生い茂り、道はといえば獣道しかなく、時おりバッタの類いが草むらから飛び出してくる以外は人間に出会うこともない。


「なぁなぁ、しりとりせぇへん?」
退屈そうに石をけりながら俺のうしろのほうを歩いていたアルが急に早足で俺の横に並んだかと思うと、俺の顔を覗き込むようにして言った。

今日は珍しくずっと黙って歩いていたが、やはり黙ることに飽きたか。ガキじゃあるまいし、何でしりとりなんてしなきゃならないんだ。

「しりとり?馬鹿馬鹿しい」

「エエやん。お前からな、はい!」
はい、じゃないだろうが。強引にやらせようとしていたが、無視して黙っていた。

「なーぁー」
俺の腕をつかんで前後に振り回し、執拗に催促する。うるさい。

「はよー」

「うるさいな」

「なぁ。はよー」

「うるさい。分かった。…じゃあ、城」
俺が言うと、アルは俺を見上げてニカッと笑う。

「ん〜とねぇ……熱い“炉”!」

「ろうそく」

「九ぅ」

「クシ」

「死ぬの“死”」

「し…湿地」

「血ぃ」

「ちまめ」

「目ぇ!」

「メシ」

「詩人とかの“詩ぃ”」

「シカ」

「蚊ぁ!」


…よく考えりゃ、一文字で返されると、一人でやらされているのと同じじゃないか。

「もうイイ。くだらん」

「冗談やて!今から真面目にやるから、続き続き!な!」

何を言われても俺は、だんまりを決め込んだ。


しばらくアルは一人でブツブツと文句を言っていた。いくら文句を言っても自分が悪いんだろうが。



道はあったりなかったりで心もとない。頼れる物は地図と磁石、そして勘だけだ。

ようやく申し訳程度に舗装された道らしい所を歩いていると車輪と蹄の音がし、うしろから幌のない一頭立ての荷馬車が追いついてきた。

俺たちを追い抜いたかと思うと、荷馬車は十メートルほど向こうに止まった。馬を操っている野良着の男のうしろ姿が見える。降りるようすはないが、止まっているということは俺たちに何か用なのだろうか。

「こんにちはー。あんたら、見ない顔だなぁ。この道をずーーっと行く気かい?」
横を通ろうとすると、男が帽子を脱いで甲高い声で呼びかけてきた。

「はあ、そうですけど…」
アルが窺うような猫背で応えた。

「良かったら乗せたげようか。そこまでだけど」

男の申し出に俺とアルは顔を見合わせた。

穏やかそうに見える男の語り口に裏はなさそうだ。広がったボサボサの髪をして、どことなく不格好な風体で、顔もお世辞にも良いとは言えず一風変わった男だ。

一瞬考えたが、結局は乗せてもらうことにした。


積んであった農機具を隅へと押しやり、二人で足を伸ばして座っただけでいっぱいになってしまうほど荷台は狭い。

車輪は悪路を踏み始めた。軽快な蹄の音が聞こえる。

「あんたら、兄弟か?よく似てるなぁ」
ブランと名乗った男は振り返らず、急に問いかけてきた。

アルとはあまり似ているとは思えない。まあ、髪の色や目つきの悪さは似ているかも知れないが。あとは細さか。…いや、意外に似ているかも知れないな。

「イヤそうな顔すんなや」

別に嫌な顔をしたつもりはないが、アルは俺を横目で見て不機嫌になった。

「年は…僕が当てようか?え〜と、兄ちゃんが二十歳くらいで、弟君は十ほど離れているのかな」

すると、アルは十歳くらいに見えるということか。アルのふくれっ面が見える。

「ところで、何でこんな所を歩いているんだ?どこ行くつもりなんだい?」

「ヤム村まで行く用がある」
俺が答えると、ブランは急に手綱を引いて馬を止めた。お陰で荷台の俺たちはそろって前へとつんのめった。

「ヤム村だって?!冗談じゃない!そんなとこ行くつもりなら降りとくれ!」
ブランは振り返り、血相を変えて大声で言った。いったい、何なんだ?

「悪いことは言わんよ。ヤムは昔から夏の祭礼に、吸血鬼に生け贄を捧げる風習があるんだ。何千何万という吸血鬼が跋扈(ばっこ)する村なんだ。ちょうど夏の祭礼が近い。生け贄にされたくなかったら行くのはやめときな。あ〜、おっかねぇ」

吸血鬼に生け贄?アルも驚いて俺を見た。意見を求めている顔だ。

それでも行かないワケにはいかないだろう。それに、そんな非現実的な話など信じたくもない。

「分かった」

乗せてくれる気がないのならば、元どおり自分の足で歩いてゆけばイイだけのことだ。何のことはない。

俺は荷台を降りて歩き出した。アルも走ってついてくる気配がする。

「待ちなよ、やっぱり乗りなさい。行きがけの駄賃だ。乗せたげるよ」
十歩も行かない内に荷馬車から降りたブランが走り寄ってきて俺の肩をつかんだ。振り返って見ると、ブランは白い出っ歯を見せて笑いかけてきた。


荷馬車は俺とアルを乗せ、再び悪路を走り始めた。

しばらく走っていると、アルは自分の荷物の中から分厚い本を取り出した。それを開いて揺れる荷台で読み始めた。本の中ごろにしおりがある。この前、俺に勧めに来ていたヤツだろう。

「うえ〜…気持ちわる!アカン、吐きそうなってきた…」
何ページか繰っていたかと思うと、急に本を閉じて顔をクシャクシャにした。馬鹿だ。そりゃ、酔うに決まってんだろ。

アルは気分の悪そうな顔をして、何の断りもなく俺の腿を枕にして眠り始めた。

いつもこうだ。手を差しのべるとすり抜け、こちらが拒む時に限ってじゃれついてくる猫のようにアルは気まぐれだ。身体に当たっただけでも怒るくせに。

アルほどではないが、男親しかいないせいか俺も身体を人に触れられるのは好きじゃない。それに、冷厳な親父の育て方の産物だろうか、肉体的にも精神的にも人に甘えるのも甘えさせるのも嫌いだ。

だけど、触れる生身の暑苦しさも温かみもアルのものならば、なぜか耐え許すことができた。その温かみに安らぎを覚えることすらある。


眠るアルに目線を落とす。たしかに言われるとおり、十歳そこそこに見えないこともないほど見た目も中身も幼い奴だ。

口を開けて、バカ面で、よだれを垂らして寝るなよ…。

だけど、その幼さが年の離れた弟のように思えて、俺自身、知らずに甘えを許してしまっているのかも知れない。いや、弟というより意地悪く言えば愛玩動物か?


それにしても今日は強い日差しが照りつけている。こんな日陰のない所で眠って大丈夫だろうか。

そばに落ちていた本人の帽子を眠るバカ面にかぶせる。荷台の床を見ると、女物の黒い日傘が農具に混じって転がっているのが目に入った。

「この日傘を使ってもイイか」
俺が問うとブランは肩越しにチラリとこちらを見た。

「弟君、寝ちまったのか。それ、女房のだけど使わないからイイよ、使っても」

農具の下で薄汚れているものの、貴族なんかが持っている物のように高級な作りに見える。

留め金を外して開く。所々に穴が空いているが、日差しに濃い影ができた。アルを日陰に入れる。世話の焼ける弟だ。

「弟君、かわいいね。大切にしてやりなよ」
肩越しにかけてきたブランの言葉に、とりあえず否定せずにうなずき返しておいた。


日差しは強いが、風が吹いているからカラリとさわやかだ。その乾いた風は時おり強く吹きつけて髪を乱してゆく。

広い空には濃く白い雲が浮かび、遠くの山の向こうへと隠れてゆく。向かって走っているはずなのに、不思議と遠くの山は荷馬車の進むにつれて遠ざかってゆくように感じられた。

舗装された路は単調な揺れを起こさせた。景色と揺れのあまりの単調さに、だんだんと眠くなってきた。

「なぁ、ところで、ここら辺には民家もないから毎日野宿じゃないのかい?良かったらウチへ来ないか。今日は泊めてあげるよ」
眠ろうかとウトウトしかけていると、ブランは馬を操りながらほがらかに話しかけてきた。

泊めてくれるというのか。ならば何も意地を張る必要もないだろう。今もすでに厚意を受けていることだ。

「すまないが、そうさせてもらう」

「よし、任しときな」

今夜は寝ずの番も要らず、屋根のある所で熟睡できる。

そして、何よりも夏場の野宿の悩み、蚊遣も役に立たないほどの蚊の猛襲からの解放にアルも喜ぶだろう。


ブランの家は畑の真ん中に一軒だけポツリと建っていた。その畑の背後には薄暗い雑木林が広がっている。

周囲に家はなく、完全に一軒家だ。村にも街にも住まないなんて偏屈な男だ。

妻があるようだが、病気で寝ているらしく、一階の一番奥にある扉の向こうに人の気配はあったが、結局は姿を現さなかった。



夜のとばりが下り、あとは眠るだけだ。ブランはこころよく二階の部屋を貸してくれた。こうして旅人でも泊めることが多いのか、よく使っているらしい小綺麗な客室だった。

「今日は泊めてくれはって、ホンマ、良かったなぁ〜」

「ああ。それに、久々に人間の食う物を食ったな」

「せやなぁ!今日は久しぶりに人間の食うモンやったなぁ。……って、どーゆー意味やねん?!」
炊事担当のアルが突っ込んできた。アルに変な物ばかり食わされるが、別に不味いとは思っちゃいない。アルをからかうと、すぐにスネるから面白いだけだ。

手探りで枕元の燭台を引き寄せ、アルに何の断りもなく吹き消す。鼻をつままれても分からないくらい真っ暗になった。

「これから一生、ごはん作ってやらんからな!生米かじっとけ、バカまぬけ、アホたれ」

闇の中、捨て台詞を残してアルは静かになった。意外な理由で今夜は早く眠れそうだ。


涼しくなったのか、だんだんと蝉が夜中には鳴かなくなり、代わりに何かの虫がギチギチと静かに鳴いている。

夜の空気が澄んでいることを思い知らせるように、ほととぎすの透明な声が森に小さくこだましていた。


遠くに雷鳴が聞こえたかと思うと、急に叩きつけるような雨音がし始める。土砂降りが虫の声を流してしまった。

雨でも降ると、室内で眠れることの幸せをいっそう実感する。知らずに耳へと染み込んでくる雨の音にまぎれてしまうように、意識と身体とが溶け出して泥のように沈んでゆく…



「あーーっ!ちょ〜待ちや、寝たアカンで!大変やッ!」

やっと眠れるかと思やぁこれだ。アルのすっとんきょうな声に強制的に現実へと引き戻された。胸の芯の辺りに心地よさの名残があるのが恨めしい。

何が大変だってんだ。どうせくだらないことだろ。

「何だ、小便か。ここでするなよ」

「さっき、ちゃんと大も小も、ひり出しといたわいな。…ちやう!それとちゃうねんッ!あのな、大変やねん!なぁ、まさかとは思うねんけどな、ここの人らな、吸血鬼かも知れんねん…!」

何だ、やっぱりくだらないじゃないか。また馬鹿なことを言い出しやがった。

「うるさい。寝ろ」

「寝てられへんって!生きて帰れるかどうかの分かれ目なんやで!あのな、今な、読んどる本に出てくる吸血鬼の物語にな、そっくりやねん。どない思う?」

どう思うも何も、空想と現実を混同させている、お前の頭のほうが大変だろうが。

「何なら、今から読む?」
そう楽しそうに言い、荷物を探っている気配がする。読むワケないだろ、今ごろ…。

俺は応えずにいた。

「せやったら、読み聞かしたるから、聞き」

せっぱ詰まってんだか悠長なんだか分からんぞ。

「…かいつまんで言やぁイイだろ」

「さよかぁ?おもろいのに…」
さも残念そうに言った。回りくどい奴だ。


いつの間にか雷鳴は稲光を伴って近づいて来ていた。雷光が暗闇を一瞬にして青白い光で充たした。それを追うようにして地がうなる。

ひらめく雷光に照らされながらアルが言うには、その物語の中で吸血鬼が正体を隠して善人のふりをし、病気の妻のために旅人を招き入れては血を吸い尽くして殺してゆく…その中に若い兄弟の出てくる所があって、今その場面の状況にそっくりだと言うのだ。

この手の本は、おおかたジェンスにでも借りた物なのだろうが、吸血鬼なんてもの自体が作り話で、そんなものは現実にはいないだろ。ありえない話だ。

「なぁ、俺、怖いわ。一緒に寝てぇな…」
一緒に?!そのほうが怖い…。

「なぁ…お願いや」

「バカ言うな。一人で寝ろ」
考えただけでも気持ちが悪い。それに暑い。なんて馬鹿なことを言いやがんだ。

「そんなイケズ言わんと〜、頼むわ〜!なァ」
閃光の中、アルがこっちへ来るのが見えた。

「こら!来るな、気色の悪い」

「きしょい言わんでエエやんか」

俺が寝床からアルとは反対方向へ飛び退いて言うと、アルは必死の声で抗議してきた。甘えん坊にもほどがあるぞ!

「あっ!足音が!やっぱ来る!どないしょ〜」
急にアルが声を押し殺して叫んだ。同時に、どこをどうやって来たのかアルは寝台を飛び越え、ドサクサにまぎれて俺にしがみついた。速い!


怖い怖いと思うから聞こえる気がするんだろ。

耳を澄ます…雨の音に交じって異質の音がしている。板を踏みしめているような足音が一歩一歩こちらへと向かって来ていた。空耳じゃない。本当に誰か来るようだ。

「せやから言うたやろ〜、吸血鬼や〜!どないすんねん??」
背後からアルはヒソヒソと怒鳴った。

そんなまさか。しかし、成りゆきに任せるしかない。今さらジタバタしてもムダだろ。

とりあえず真っ暗では分が悪い。

「灯りをつけろ」

灯りをつけることなど、どうせ思いついてもいないだろう奴に向かって命令する。

「灯り??暗ぁて、どこなんか、見えへんわ…どこやねんっ?暗いなぁ!ちょ〜、燭台探すわ。暗いから、お前、先に灯りつけて」

そりゃそうだが、暗いからつけろと言ってんだろうが。

「早くしろ」

「分かっとるわぃ!…いや、分からんわ」

俺から手を離し、かたわらでしばらくゴソゴソとしていた。もどかしい。ようやく火打ち金の音がし、やがて枕元だけが薄暗く照らし出された。

近くにでも落ちたか、雷の音が大気をつんざき、地鳴りのような振動が身体に伝わる。雷光と雷鳴は、ほとんど同時だった。


息を殺していると、足音は部屋の前で止まった。吸血鬼かどうかはともかく、誰かが来たことは確かだ。

施錠していない戸が不快な音を立ててゆっくりと開く気配がする。同時にアルが再び背中に飛びついてきた。

戸口を見ると、廊下のほのかな灯りに人影が照らし出されていた。こちらの灯りは届いていない。人影は入道雲のような髪形をしている。どうやらブランらしい。

カッと雷光が闇の室内を照らし出した。…その映し出された光景をにわかに信じることができなかった。


その人物…ブランらしいが、その口元には犬みたいに尖った歯が並んでいた。犬歯は鋭く、まるで矢尻のようだった。その歯と口唇を染めた赤い鮮血が口の端(はた)から垂れていた。


まさか嘘だろ。見間違いであってほしい。否定をしてきたが、この馬鹿げた吸血鬼の話をとうとう俺も信じなければならないってのか?

何かの間違いかも知れない…いや、夢だ。よくある悪夢だ。俺は眠っているんだ。現実には吸血鬼なんていない。


…ならば目の前の奴は何だ?

先手必勝か、飛びかかろうか。

俺は枕元の得物の鞘口を右手で逆手につかんだ。だが、アルは俺のうしろから腰に腕を回して痛いくらい力いっぱい全身で抱きついている。それじゃ身動きがとれないぞ。

ブランは背後に隠し持っていたランプを前へ大きく差し出し、物色するように室内を照らし始めた。その目は、うつろだった。灯の動くにつれ、物の影が生きているかのようにうごめく。

「何の用だ」
俺は強い口調で思わず問いかけていた。何かの間違いだろうと、まだ半信半疑のまま薄気味悪い男をにらみつけた。

いったい何しに来た?やはり血をすすりに来たのか?やらなければ、やられるか…?

「ふふふ…今宵は、おあつらえ向きだね。雷さえも僕を祝福してくれている。素晴らしい血の祝宴は今、開かれる」
刃物のような長い爪を見せつけるように指をクネクネとさせながら、ブランは高い不気味な声で言った。

と、同時に俺は背中のアルを引きずって二、三歩踏み込み、にぎり直した鞘のままの護身刀を振りかぶった。

ちょうど室内を雷光が満たし、不気味な男を鮮明に浮かび上がらせた。男はランプを落とさんばかりに驚いて後ずさり、見開いた目で俺を見た。

臆病そうな奴だ。負ける気はしない。


「うわぁっ、待った!冗談だよ!暴力はイカンよ、君!話をしに来ただけなんだから」

「話?」
俺は手を止め、聞き返した。アルもソロリと俺の脇腹から顔を出した。

「そうさ。怪談でもやろうと思ってね。いつもやってる歓迎奉仕だよ。この歯もよくできてるだろう?…へへ、ビックリした?」
そう言いながらブランは犬のような前歯を外して得意げに見せた。


カイダン…一瞬どういう字かと考えたが、怪談ということに気づくのに時間を要しなかった。同時に、ひどくめまいがした。



ぼやけた視界に天井とアルの顔が見えた。アルにまぶたをこじ開けられたかと思うと、次に鼻と口をつまんで息ができないようにふさがれた。なんて起こし方だ。

アルの手を払って窓のほうを見遣る。すでに薄明るい。仕方なく借り物のように重い身体を起こした。ひどい寝不足だ。


記憶をたどる…あの男のせいだ。あのあと、一番鶏の声を聞くまで延々とブランの怪談を聞かされた。結局は三時間も眠れてないんじゃないか。とんだ迷惑だ。これなら、野宿で蚊に食われてたほうがマシだった。

善人そうでも人はみだりに信じるなということか。

それにしてもあの男はボンの奴みたいに、くだらない演出に心血を注ぐ種の人間だな。あんな冗談ばかりやっていると、いつか本気にされて生命を落とすぞ……他人の心配なんてしなくてもイイのだろうが。

「はよ起きんと、予定が狂うで」
アルは皮肉っぽい顔つきで言った。

「分かってる。…お前は元気だな…」
俺はそう言いながら、放っておくとふさがりそうな重いまぶたに抗う。目に映る物は二重三重に見え、目が回る。

アルは寝不足のかけらも感じさせない、すがすがしい顔をしている。これだけはコイツの取り柄だな。

「俺かて元気ちゃうわいな。立ちくらみするし、なんかフラ〜っとすんねん。貧血気味や。…もしかして、寝てる間ぁに血ぃ吸われたとか〜?」
アルは俺の顔を覗き込みながら口をすぼめ、冗談とも本気ともつかないことを言った。


血じゃなくて睡眠時間を吸われたんだろ、とんだ吸血鬼に。






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