クェトル&エアリアル『八つの秘宝』#13

《13.八つの秘宝》



八つの秘宝
すべて集めし者

命運の天秤
釣り合いし砌

常闇の口

いざ開かれん


八つの戒め
八つの呪い


解き放ちし術(すべ)
無に無と悟れ

さらば汝(な)が道
切り拓かれん




 甚大なるムダな苦労を強いられ、やっと八つの鍵を手に入れた俺たちは、地図の五芒星の中心に着いた。

 だだっ広い草原の真ん中、地面に張りついた異様な扉があった。それを開くと、地下へと降りる石造りの階段が現れた。

 灯りを手に下ってゆくと、その先は小さな部屋へと通じていた。
「わっ、変なモンあるわ」

 狭い部屋の真ん中には、台座に乗った天秤だけがあった。

 天秤の吊り下げられた皿の片方には、片手に乗るほどの大きさの透明な石が載っている。

 だが、片方にしか物が載っていないせいで不釣り合いだ。軸は傾いてほとんど縦に向いている。

「何やコレ。キレイな石やなぁ。これも水晶やろか?」
 アルは食い入るように石を見ながら問う。

「そうだと思うよ。えーと…『八つの秘宝/すべて集めし者/命運の天秤/釣り合いし砌/常闇の口/いざ開かれん』って書いてあるから、集めてきた八つの鍵をこの天秤に載せるのだと思うよ」
ジェンスは本を俺たちに示した。

「どういう流れで、そうなるん?」

「『命運の天秤/釣り合いし砌』だろう?この大きな水晶と天秤を釣り合わせるには、ちょうど水晶の鍵を八つ分の質量が必要だと踏んだんだよ」

「ふーん、そんなもんやろか?」

「とりあえず試してみようよ。でも、そのあとの文、『八つの戒め/八つの呪い/解き放ちし術/無に無と悟れ』の意味が解らないんだけどなぁ」
 ジェンスは本を見ながら一人でブツブツ言い始めた。

「でもな、鍵って鍵穴に入れるもんやん?お皿に載せるだけやったら鍵の意味ないことない…?」

 この理不尽な島では今さら、そういうことは思わないほうがイイ。

 ともかく、集めてきた水晶の鍵をぜんぶ取り出し、目の前に置かれている天秤の、カラの皿へ載せた。

j 最後の一つを載せてピッタリと静止させ、完璧に釣り合った瞬間、地鳴りが聞こえてきた。と、同時に目の前の壁が左右に分かれて開いた。

「スゲー仕掛けだナ!」

 何だか分からないが、たしかにスゴい仕掛けだ。その奥には通路が見えている。

「この鍵、記念に持って帰ったらアカンのかな?」
 アルが水晶の鍵の一つを皿からヒョイと持ち上げた。すると、その瞬間、壁は再び地響きを立てて閉じてしまった。

「バカ!何してんだヨ!」

「失礼こきまくりました。あんまりキレイやったもんで置いていくのんも惜しくて、ついつい出来心で」

 アルはニタニタしながら急いで鍵を皿へ戻した。

 一同は注意して隠し扉の向こうへ足を踏み入れた。

 見たかぎり横道もなさそうな細い一本道だ。

 しばらく行くと、天井近くの高い所に横長の穴が見えてきた。

「あんなん、ハシゴとかなかったら入られへんやん!高すぎ!」

「横穴じゃなくて、通気孔だと思うよ。人間の通り道にしちゃ位置も大きさも変だよ」

 おかしな横穴は無視し、どんどん奥へと進んでゆくと、その先は鉄格子にふさがれていた。

「あれっ?開かないヨ!」

 鍵がかかっているようで行き止まってしまった。

 鉄格子の扉の向こうには同じ鉄格子が幾重にも閉じられているのが見えている。一本道だからどうしようもない。

「ダメだ!やっぱり開かないヨ」
 ボンは残念そうに鉄格子を両手で叩く。

「八つの呪いって、もしかして八つの扉かよ!?」

 八つあるかどうかは見たかぎりでは見通しが悪くて確認できないが、たしかに八つくらいはありそうだ。

「ってことは、やっぱり、あの水晶の鍵、持ってこなアカンねや!」

「どうやってだよ?鍵を皿から取ったら壁が閉じちまったじゃんか」

「とりあえず、天秤のある部屋まで戻ろうよ」
 ジェンスの言葉に二人はうなずいた。


 仕方なく天秤の部屋まで引き返してきた。

「ね〜、さっき言うてた詩の、ムとムが何やらとかいう部分、もういっぺん読んでみてよ」

「うん、イイよ。えーと…『八つの戒め/八つの呪い/解き放ちし術/無に無と悟れ』、だよ」

「無か。何もないってことだよナ?」

「そんなこと、どーでもエエねん。要は天秤を釣り合わすんやろ?」

 そう言ってアルはニヤリと笑い、八つの鍵を皿から次々と取り出した。もちろん、壁は閉じてしまった。

「オイ!何してんだよ」

「まぁ、見とき。んーでな、これを…」と言いながら水晶の大きな塊を皿から持ち上げた。するとどうだ、壁は音を立てて開いた。

「な。これは発想の転換やで。これで無に無やろ?…せやけど、これ、最初っから水晶の鍵、載せんでエエんちゃうのん?この大きいのんだけ、どけたら済んどったんやん」

 そういうことを考えるのも、この理不尽な島では御法度だ。

「ついでやからコレ、もろといてもエエかな…?」

 さりげなくアルは、のけた大きな水晶を自分の鞄に入れてしまった。まったく、図々しい奴だ。


 今度は八つの水晶の鍵を持ち、開かない扉を目指す。さっき通った細い一本道を奥へと歩き、例の通気孔の下を通り過ぎた。


 …と、その時、変な気配が。

 気配というより、カサコソという音と言ったほうが正確か。嫌な予感がして視線を上げる。

 まさかとは思っていたが…そこには、にわかに信じられない奴がいた。

 薄暗い中でもハッキリと見える茶色い枝のような物が二本、通気孔らしき横穴からゆっくりと伸びてきた。

 そして、その枝と枝の間には同じ色の塊が見えてきた。

 じらすように現れたのは、八本の足を持つアノ生き物…

「蜘蛛ダ〜ッ!!」

 通気孔の一番近くにいたボンがソレに飛びかかられそうになり、すばやく横へと飛び退いた。

 しかも、ほとんど通路いっぱいの大きさを持つソレは、とんでもないことに出口への路の間に立ちふさがった。ランプの灯りに八つ足の影が大きく伸び上がっている。

 盛んにうごめく触肢、そして、その間で虚無に赤く光る複数の目がこちらを窺っている。間違いなく今日から毎夜うなされることだろう。

 ボンは適当に選んだ鍵をあせりながら差し込もうとする。

「なぁ!鍵、合わないじゃん!八つもありゃ、どれがどれだか判んないヨ!」

 当たり前だ。ぜんぶ違う形の鍵なんだから、どれでも鍵穴に合うってわけじゃないだろ。

 もたもたしている間に、どんどん八つ足は迫ってくる。おぞましいっっ!

「おそらく、詩の順番どおりの鍵を使えば開くのだと思うよ」

「えー!何でなんッ?!」

「だって、鍵穴の上に数字が書いてあるんだもの。だからきっと、この鍵穴には一番目に手に入れた鍵を差し込まなくっちゃあダメなんだよ」

 しかし、鍵は八つもある。ぜんぶ同じように見えて、たぶん普通は、どれがどの扉の鍵か見分けがつかないだろう。

「アホか〜!そんなん、今さら判るわけないやん!ここに来る前に言うてや!」

 八つ足に襲われて死ぬのだけは許しがたい。人生最大の汚点だ。それだけは何としても回避したい。

 しかし、案の定、どいつもこいつも肝心の鍵の形なんて憶えていない。

「どれがどこの鍵だか憶えているから、場所の順番を読み上げてくれ」
 俺がジェンスに言うと、ジェンスは本のページをくり出した。悠長な動作がもどかしい。この野郎は急ぐということを知らないのだろうか?

「えーッ!??お前、どれがどれか憶えとんのか??そんなん、ほとんど変態やろ?!ってゆーか、ぜんぶ色も形も同じやんか!」
 アルが自分の両手の上にある八つの鍵をにらんで言った。ボンのかざす灯光に、水晶の鍵は、まるで俺に挑戦でもするかのように光り返している。

「あったよ。え〜とね、一つ目は人居ぬ館だよ」
 俺はアルの両手に乗った水晶の鍵から一つを選び出した。みんな同じように見えるが、鍵の歯の部分に微細な違いがある。記憶だけは、おてのものだ。

 …しかし、ちぐはぐなことに、鍵の形は鮮明に憶えているのだが、場所の順序の記憶があやふやなのは我ながらなさけない。きっとそれは、この島が理不尽すぎるせいに違いない。

「ホンマかいな。デタラメちゃうん?」

 鍵をボンに手渡す。ボンも半信半疑で解錠を試みた。

 小気味よい音を立てて鍵は開いた。

「開いた!スゲーよ!」

「よう判るなぁ…」

 一つ目の鉄格子をくぐる。全員がくぐったあと、扉を閉めた。

 …が、まさか、だ。八つ足は薄っぺらい身体を利用して格子の間からゆっくりと侵入を始めた。

 しかも、扉から扉の空間は狭く、四人も入れば、いっぱいだ。そうなると当然、八つ足の侵入してくる手前の扉に非常に近くなるという待遇の悪い者が出てくるのは必至だ。

 もちろんそれは、例にもれず貧乏クジの俺だった。

 すでに八つ足の足先が俺の腕辺りにサワサワと触れている。人間、これでも人生ってヤツを投げ出してはならないのだろうか?

「うわーッ!はよせな、蜘蛛、追ってくるで!!」

「えーと、次が迷いの森だよ」
 ジェンスが、あいかわらずのんびりとした口調で読み上げた。さすが、こいつだけは緊迫感ゼロだ。


 …落ち着け、八つ足に動じずに落ち着いて選べ。迫りくる…というか、すでに俺の頬をくすぐっている八つ足に心を乱しそうになる自分へ言い聞かせる。

 しかし、どうでもイイが、懸命にやっている俺をかばってやろうという気は、お前らにはないのか?よりによって、薄情にも俺を八つ足の一番近くへと追い遣りやがって。

 アルの手の平から一つを選び出す。ボンがすかさず次の鉄格子を開けた。

「よし!開いたヨ!」

「次は捻りたる街、だよ。でも、一と三と五は、どれがどれだったか憶えているかなぁ」
 扉をくぐりながらジェンスは俺の前で読み上げた。分かった、分かったから…頼むから立ち止まらずに、早く前へ進んでくれ…!

 言われたとおり、理不尽な街の鍵屋で買わされた鍵の記憶を思い出す。一枚の絵のように鮮明に脳裏に浮かぶ鍵の形。

 背後に迫りくる恐ろしい気配を振り切りながらアルの両手上のそれと記憶との照合に専念する。…しかし、気配が気になるのが人情だろう。

 おぞましさと闘いながら三つの内の一つ目を選び出した。ジェンスに似て、どこかのんびりとした八つ足なのが不幸中の幸いだ。育ちがイイのだろうか?

 扉をくぐる。そして、二つ、三つ。

「次は顔の真中だよ」

 記憶を呼び覚まし、難なく鍵を合わせる。八つあった鍵も、やっと残り一つになった。

 最後の扉は、ありがたいことに鉄格子じゃなくて鉄板の扉だ。これならさすがに追っては来れないだろう。

 八つの扉を通り抜け、最後の扉を固く閉じた。心なしか戸の閉まる音が心強い。

「助かった〜!」
 ボンとアルは地面にへたり込んだ。

 帰りのことは考えないとして、とりあえず今は八つ足から逃れられた喜びと共に、張り詰めていた緊張の糸が切れて疲労感が、どっと押し寄せてきた。

 …とは言っても、やはり帰りのことが気になる。どうすりゃイイのだろうか?考えただけで、かなり頭が痛い。

「何だヨ、ここは?」

 一息つき、前を見遣る。床には飛び越えるのが不可能な幅の底知れぬ溝が口を開けている。

 その向こう、距離にして、ここから二十メートルほどか。『大魔王』とデカデカと書かれた板が立っている。ちょうど立て看板のようだ。

 手近な所を見ると、かごには投げる用の球が用意してある。大きさが御手玉に似ている。

「『大魔王を倒す』は、もしかして、ホンマに『倒す』んか??……しょーもな〜!!」

 くだらない。あまりにもくだらない。ハラが立つのを通り越して、イイ加減なさけなくなってきた。

「よし、投げるのならオレに任せるんだ。これでも、魚をくわえて逃げようとしたドラ猫に一発で当てたくらいの命中率なんだぜ?」

 この際、ドラ猫は関係ないだろ。

 ボンは球をにぎりしめた。そして、自信をみなぎらせて『大魔王』の直線上に立った。大きく振りかぶって……


 投げた。


「当たった〜!」

 言うだけのことあって、見事に一発で命中だ。『大魔王』が倒れると同時に、何かが頭上から落ちてきた。ちょうどボンのモジャモジャのクセ毛に刺さった。

 よく見りゃ赤いリボンのついた金の鍵だ。

「うはははッ!!毛ぇに鍵、か、鍵が刺さっとる!あはははッ!」
 アルが床に転げて笑っている。大げさだな。

 ボンは金の鍵を自分の髪から取った。

「やったー、金の鍵じゃん!でも、鍵は手に入れたけど、肝心の財宝はどこだろ?」
 ボンが辺りを見回す。アルも一緒になって探す。

 …こいつら、鍵より財宝目当てだったのか?まったく、あきれる。財宝より、帰れるということ自体が、かけがえのない財宝だと思わないのだろうか?


 よく見ると、右のほうにそれらしき豪華な扉があった。

「財宝は、こっちの部屋かナ?」
 ボンとアルが先に立って扉を開けた。こういう場合だけは自発的だな。

 それらしき部屋へ入ると、部屋の一番奥に偉そうに鎮座している宝箱があった。大きさは棺桶くらいか。

「大きい宝箱やなぁ!きっと、持ちきれんぐらいの財宝がギッシリ詰まってんねんで」
 アルが目を輝かせて言った。

 鍵はかかっていないらしく、ボンが簡単に開けた。

「何やこれ…?」

 アルがそういう言葉を発するだけの理由があった。宝箱の中には金銀財宝はなく、一枚の紙片が入っているだけだったからだ。

 誰も手を出そうとはしない。仕方なく俺がその紙片を手に取る。


 白い紙片の中央にポツンと、こういうふうに記されていた。


『はい、ご苦労さん。』






『八つの秘宝』おわり
《第5話へ、つづく》

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